日本は16年リオデジャネイロ五輪で原沢久喜が銀に終わる。2度目の自国開催五輪となった21年の東京は、全柔連会長に山下、柔道の総本山・講道館館長に上村、強化委員長も元全日本王者の金野潤、男子監督は井上、重量級コーチは鈴木と「日本の重量級」の総力を結集し、原沢を2大会連続出場の舞台に送り出したが、メダルにも届かなかった。
斉藤立は「柔道界のスター」となるのか
日本柔道は東京五輪で男子が史上最多金5個、女子と合わせて9個の金メダルを獲得した。しかし、競技のお膝元は決して安泰ではない。
海外で「JUDO」として定着した競技も、国内に目を向けると、厳格なイメージが敬遠されたり、前述の13年の暴力問題も影響したとみられ、競技人口は減少の一途をたどる。
そこに出現した、巨体に愛嬌のある笑顔がコントラストを描く斉藤。メディアの取材でも、大食いのエピソードなどをユーモアを交えて話すキャラクターと、斉藤仁の遺志を受け継ぐバックグラウンドなどもあって、久々に登場した「柔道界のスター候補」でもある。
「僕の柔道の原点は、お父さん」と胸を張り、今年の全日本では、愛情を持って育ててくれた母、三恵子を父の代理として「優秀指導者表彰」の場に招くなど、親孝行な一面も併せ持つ。勝利への飽くなき執念も強く、国士舘大では柔道の稽古に加え、陸上部の岡田雅次監督に指導を仰ぎ、フィジカル強化にも励んできた。
見据えるのは五輪の頂点。パリ五輪には「自分の人生をすべてぶつける」との覚悟を口にしている。
今年の世界選手権は7位、8月のマスターズ大会も3位。報道によれば、23日の強化委員会での代表選出は満場一致ではなく、多数決。賛成16に対し、反対も7あった。
五輪の頂点に手が届くようになるには、これからの1年足らずの時間が重要になるのは間違いない。スポーツ報知の報道によれば、金野強化委員長は代表選出後の会見で「爆発的な力を持ちながら、まだまだ伸びる余地がある」と期待し、鈴木監督も「五輪までの期間を活用し、金メダリストに仕上げていく」と誓ったという。
柔道界に新たに創刊された雑誌の第一号で、立は山下らと表紙を飾った。立は横にいる山下よりも2まわり以上も大きく見える。しかし、技術や柔道の幅は、まだまだ当時の仁には及ばないだろう。
恵まれた体格に、亡き父がミリ単位でこだわった「技術」をどこまで突き詰め、さらに高めていくことができるか。それだけの「伸びしろ」が残っているのが、立の魅力であるとともに「現在地」である。
最重量級の世界は急激なスピードで「景色」が移り変わる。かつてのような巨体に頼った柔道ではなく、大型のアスリートのようなスピードも兼ね備えた選手が、海外では次々と台頭している。立もこうした状況は把握しており、組み手などの強化にも励んできた。
12年秋に就任した井上が「復権」を掲げ、その意志を鈴木が受け継いだ。日本柔道界が五輪の頂点から遠ざかって3大会の空白を埋められるか。仁の妻で、立の母、三恵子がエールフランスの客室乗務員として働いていた時代に暮らしたパリで開催される来夏の五輪は、日本柔道最重量級が復活を期す舞台となる。(敬称略)