しかし、逆風下でも資金流入が続く分野はある。上の表は、20年から23年上期のASEANのスタートアップの資金調達における上位10分野を集計したものだ。このうち、投資家が選別色を強める中でも継続的な資金流入がみられるのは、フィンテック、EC、ヘルステック・ヘルスケア、AI・データアナリティクスなどだ。特筆すべき点は、①フィンテックの分野は金額・件数ともに減少する中、これまで主流だった電子決済を融資と資産運用が上回っている。融資の分野では、P2Pレンディング(金融機関を介さずに、資金の借り手である中小零細企業や個人と貸し手である企業や個人をオンラインプラットフォーム上でマッチングし、融資を実行するサービス)のブームは過ぎ、現在は後払い決済BNPL(Buy Now, Pay Later)を中心としたその他の消費者向け融資に投資家の関心はシフトしている、②AI・データアナリティクスは生成AIの分野を中心に資金調達件数を伸ばしている、の2点だ。
①のフィンテック融資については、先述したグラブ、GoToグループのほか、ASEAN最大手EC企業ショッピーを傘下に持つシンガポールSeaグループ、中国アリババグループなどが推進する戦略と符合する。彼らは各国で電子決済ライセンスを取得し、配車、EC、フードデリバリーなどの顧客に対し、決済手段を通じて利便性や割引などを提供することで、自社のエコシステムに消費者の囲い込みを図ってきた。
さらに、シンガポールやインドネシアでデジタル銀行のライセンスを取得し、エコシステム内での取引や決済を通じて収集した膨大な顧客データを信用情報として活用し、小口融資・小口保険などの提供に乗り出している。顧客だけでなく、ドライバー、マーチャント向けにもこれらの金融商品を提供し、B2CだけでなくB2Bエコシステムの形成を進めている。
②のAI・データアナリティクスについては、生成AIやビッグデータ分析で創業前後のシード段階の資金調達が拡大。ASEANにおける生成AIの活用はまだ非常に初期の段階だが、企業におけるニーズは拡大しており、この分野に投資する投資家は増えていく見通しだ。
課題解決のパートナーへ
日本企業への示唆
このようにASEANではさまざまなデジタルサービスが地域の人々の生活の利便性を向上させるのに役立っており、仕事や生活に欠かせないインフラになっている。その一方で、これらのサービスにアクセスできない人口が地方の農村や低所得層に存在し、デジタルデバイドが拡大している。
例えば、先述したショッピー(Seaグループ)とトコぺディア(GoToグループ)はインドネシアのEC市場において併せて8割弱の市場シェアを押さえているが、両社の強さは地方の零細小売店をマーチャントとして自社のマーケットプレイスに取り込み、地方の消費者にリーチしている点にある。しかし、インドネシアは広大な島嶼国家であり、彼らもジャワ島の遠隔地やジャワ以外の外島へのリーチには、配送網の整備・改善という課題を抱えている。
こうした課題解決の過程で生まれる新たなビジネス機会に日本の企業や投資家も積極的に関わっていくことで、この地域の経済の活性化に貢献することが期待される。