2023年11月28日(火)

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2023年10月16日

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池上重輔 (いけがみ・じゅうすけ)

早稲田大学 大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授

早稲田大学商学部卒業。一橋大学経営学博士、ケンブリッジ大学経営大学院MBA、シェフィールド大学大学院国際関係学修士、ケント大学大学院国際関係学修士、シェフィールド大学大学院国際政治経済学修士。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)、MARS JAPAN、ソフトバンクECホールディングス、ニッセイ・キャピタルを経て2016年より現職。東証一部上場企業の社外監査役、社外取締役を歴任。Academy of International Business (AIB) Japan country director。国際ビジネス研究学会(JAIBS)、日本マーケテイング学会、戦略研究学会の理事。著書に『日本のブルー・オーシャン戦略』(ファーストプレス)、『シチュエ―ショナル・ストラテジー』(中央経済社)、『インバウンド・ビジネス戦略』編著(日本経済新聞社)、『インバウンド・ルネッサンス』編著(日本経済新聞社)、『マーケテイング実践テキスト』編著(日本能率協会)等多数。

 インバウンドにおける2つのパラダイム(考え方)シフトをお話したい。一つはターゲットである。どのようなビジネスでも顧客ターゲットをどこにするかは極めて重要な意思決定である。特に観光業においては、国内か海外か、海外でもどの国かという地理的な軸、一般大衆か富裕層かという価格に影響をあたえる軸、文化体験、自然体験かの嗜好の軸等がある。

 地域を考える際には、1)現状、2)潜在性の2つの観点で考察する必要がある。人はついつい現状を基盤に考える傾向があるが、事業の持続性のためには潜在性も重要なのである。

(PRImageFactory/gettyimages)

 その潜在性を考えると、これからの観光は東南アジア諸国連合(ASEAN)を重視する必要があるだろう。確かにコロナ前の2019年は台湾、韓国、中国、香港の東アジア4カ国・地域で日本へのインバウンド観光客数の約83%を占めていた。もちろんこの4カ国・地域は重要であるが、今後の潜在性を考えるとASEANをよく調べてみることをお勧めする。

 その理由は主には1)今後の拡張可能性、2)リスクヘッジ、3)効率性の3点である。実はASEANからのインバウンド客は急速に回復しつつあり、23年1~6月もASEAN主要6カ国(シンガポール、マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシア、ベトナム)からの訪日客数は172万人と前年同期比の約9倍になっている。とくにタイは前年比44倍の約49万8000人、シンガポールは70倍の約25万3000人と急増している。

 ASEANは人口6.7億人で、年齢の中央値は20代後半から30代前半の国が多く、1人あたり国内総生産(GDP)は4965米ドル(約75万円)へと増加してきている(『目で見るASEAN』)。台湾の3万 2687米ドル、韓国3万 2418米ドル、中国の1万2 670米ドル(22年、IMF統計)と比較するとまだ低いと思われるかもしれないが、これらのASEAN諸国には一定量の中間層から富裕層が存在し既に十分日本のインバウンド観光のターゲットになり得る。つまり拡張性があるのである。

 現在の地政学的な不安定さを考慮すると、インバウンド顧客の対象国を広げてリスクヘッジをする必要もあるだろう。そして、地理的に近く、欧米圏に比べるとプロモーション費用が低いASEAN諸国はやり方次第では効率的なインバウンド観光客の誘致も可能となる。

 人や資金面での資源に限りのある地方圏こそASEAN諸国で適切な市場調査を行い、今から地道にプロモーションを仕掛けることで、結果的にコストパフォーマンスのよいインバウンドマーケティングとなる可能性があるのだ。


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