障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた

2013年10月3日

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 小学校6年生の3月のことである。この1回戦負けのデビュー戦は、上地の華々しい競技人生に彩りを添える貴重なものだ。

 ただ、人生初の大会は『神戸オープン』にしたかったと振り返る。海外からの選手も多数出場している大きな大会であり、上地が初めて車いすテニスを見た大会だったからだ。しかし、周囲の大人たちから「初めてなのにそんな大きな大会に出たらあかん」という理由で猛反対された。

 「目立ちたがり屋だったので『神戸オープン』から華々しく出たかったんです。小学校6年生のくせに」と上地本人も笑う。だが、実は大会に出る決心がつくまでは「絶対にでえへん!」と大会に出ること自体を拒んでいたのだ。ところが、大会に出ると腹が決まれば「華々しく!」と気持ちが切り変わった。こうしたところからも、トップアスリートとしての資質の高さを窺い知ることができる。

負けず嫌いな性格は普段の生活でも

 4月に中学に進学し、上地は『神戸オープン』に出場した。結果は1回戦で敗退。しかし、コンソレーションでは優勝を果たした。

 これ以降、「中学時代は全ての大会に出場した」と言うほど各地の大会を転戦していった。そこで知り合ったボランティアの人たちが、飛びぬけて若い上地を応援してくれるようになった。ほんの少し前までは、小さな、小さな小学生だった女の子が、アスリートへの階段を駆け上がっていった。

(c)Akira Ando

 そして、2007年『全日本選抜車いすテニス選手権大会(通称JWTAマスターズ)』に中学1年生で出場。

 国内ランキング8位までの選手に出場資格が与えられる国内最高峰の大会に、上地は初出場ながら堂々の準優勝を飾った。対戦相手はすべて成人女性だが、臆することはなかった。

 翌年には同大会を制し、以後、現在まで5連覇を達成している。

 初の海外遠征は2009年。中学3年生の時にイギリスで開催された国別対抗戦『ワールドチームカップ』に日本代表として出場した。女子の参加国は16チーム。上地はシングルス4戦、ダブルス3戦を闘い結果は3位。また、フランスで開催された『世界ジュニアマスターズ』では同じ中学3年の頃に見事シングルスでの優勝を果たしている。

 国内のみならず世界からその実力が認められたのである。

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