2024年12月22日(日)

家庭医の日常

2023年11月25日

 不眠症は、夜間に不眠が続くことに加えて日中に心身の不調を自覚して生活の質が低下する状態で、症状の長さによって慢性不眠症と短期不眠症に分けられる。不眠と日中の不調が週に3日以上あり、それが3カ月以上続く場合は慢性不眠症、3カ月未満の場合は短期不眠症と診断される。

 不眠の原因は多岐にわたる。厚生労働省の健康情報サイト「e-ヘルスネット」の不眠症のページには、ストレス、からだの病気(高血圧、咳、痛みなど)、こころの病気(うつ病など)、その他の睡眠障害(睡眠時無呼吸症候群など)、薬や刺激物(降圧薬、カフェインなど)、生活リズムの乱れ(交代勤務、時差など)、環境(騒音、光など)と分かりやすいカテゴリー分けが記載してある。これらの中で、治療や改善が可能な原因があれば、まずそれに取り組むことが推奨される。

薬物療法が最重視される日本

 上記の治療・改善が可能な不眠の原因がない、あるいはそれらに取り組んだ後でも依然として続く夜間の不眠と日常生活の質低下に悩まされるのが慢性不眠症だ。H.M.さんの「持病」もこれにあたる。

 日本と諸外国とで診療アプローチがとても異なる疾患や症状がいくつかあるが、慢性不眠症へのアプローチはその最たるものの一つである。

 前述の「e-ヘルスネット」の不眠症のページを見ると、「現在の不眠治療は、睡眠薬を用いた薬物療法が中心です」と書かれているし、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の睡眠・覚醒障害研究部の不眠症のホームページにも、「最も多く用いられている治療法が睡眠薬による治療です」とある。

 一方、海外では不眠症への治療アプローチの中で睡眠薬が占める地位は低い。

 例えば、英国のNHS(国民保健サービス)の市民向け健康情報サイト「Health A-Z」の不眠症(insomnia)のページには、「家庭医は不眠症治療のために睡眠薬を処方することはほとんどありません」「睡眠薬には深刻な副作用があり、あなたがそれらに依存してしまう可能性があるのです」「不眠症が非常に重症である場合、他の治療法に効果がなかった場合に限り、睡眠薬は数日または長くても数週間処方されるのみです」と書かれている。

 多くの海外の不眠症の診療ガイドラインも、臨床研究のエビデンスに基づいて同様の内容を推奨している。

睡眠薬多用の背景

 ではどうして、日本では睡眠薬が多用されているのか。その背景には、日本の保健医療制度と医師の専門教育などかなり複雑な要因が絡んでいると私はみている。下記に一つの事例を示そう。

 日本では、こうした睡眠薬の多剤併用と長期処方を是正するための診療報酬改定が2012年度〜18年度にかけて度重ねて実施されてきた。

 例えば、18年度の診療報酬改定では、ベンゾジアゼピン系薬剤を12カ月以上連続して同一の用法・用量で処方すると、処方せん料が68点から40点へ、処方料が42点から29点へ減点されることになった。

 しかし、この改定には「不安・不眠に係る適切な研修を修了した医師」または「精神科薬物療法に係る適切な研修を修了した医師」が行った処方、または「直近1年以内に精神科の医師からの助言を得て行っている」処方は除外されるという条件が付いていた。そのため、急遽これに対処する「研修」が医師・病院団体などによって全国的に開催されて、減点(収入減)を免れようとする参加者で大いに賑わった。


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