CBTアプリへの期待
こうした中、私が期待しているのは、不眠症のためのスマートフォンCBTアプリである。患者は、CBTとしての認知と行動をアプリとのやり取りで実践していくことができるし、その実践と効果の記録も簡単に作ることができる。
もちろんそれを行うのは診療時間でなくてよい。診療時間では、限られた時間を有効に使って、患者と医師が一緒にアプリの記録を見ながら振り返り、次への課題を設定できる。
実際、不眠症のためのCBTアプリについては、海外ではすでに実用化されている。英国のNICE(医療技術評価機構)は、NHSが用いる医療技術についての費用対効果も含めた質の評価を行っている。2022年5月にそのNICEの評価を経て、英国Big Health社が提供するCBTのテクニックを使った不眠症治療アプリ「Sleepio」が、コストを削減できるプライマリ・ケアでの不眠症治療の選択肢として推奨されたのだ。
ただし、プライマリ・ケアにおける不眠症に対する対面式CBTと比較して「Sleepio」の有益性と害について検討する臨床研究エビデンスはまだ限られているとして、NICEは更なる臨床研究とデータ収集を推奨している。
実は日本でも不眠症のためのCBTアプリが作成されている。
医療用アプリ開発のサスメド社が、不眠症を治療する自社のスマートフォンアプリが厚生労働省から製造販売の承認を取得したと報道されている(日本経済新聞、2023年2月15日、4月20日)。2023年内の提供を目指すとしている。
医師が患者に処方する「治療用アプリ」として、国内3例目の承認取得だ(他の2例はCureApp社によるニコチン依存症治療アプリと高血圧治療補助アプリである)。処方できる医師の資格、保険適用条件など詳細については目下情報収集中であるが、家庭医の日常で活用できるものであることを願っている。
H.M.さんの慢性不眠症については、前述の「治療や改善が可能な原因」がないかをこれまで半年間の診療で確認し、いくつかはそれに取り組んできた。そしていよいよ、「CBT的な洞察を深めていきながら、少しずつ睡眠薬への心身両面での依存を軽くしていきましょう」というH.M.さんと私との合意が形成されつつある。
「H.M.さん、大阪や京都の人と東京の人とで、どちらが不眠症が多いか知ってますか」
などというしょうもないギャグも時には交えながら、不眠症について考え行動することが日常生活のルーチンになるように働きかけてきた。
高齢にも関わらず、彼女は不眠症のためのCBTアプリにも興味津々だ。
「でも英国の『スリーピオ(Sleepio)』って可愛い名前ね。日本のCBTアプリは何て名前になるのかしら」
「『ネムロー(眠郎)』とかはどうですか」
「ははは、先生はその面のセンスはゼロですね(笑)」