2024年5月17日(金)

家庭医の日常

2023年11月25日

 結局、不眠症の患者に長期の薬物療法を継続する日本の医師の処方行動は変わらなかったと思う。「睡眠薬の長期処方に対して、診療報酬改定の効果は認められなかった」と結論づける厚生労働科学研究費補助金の研究分担報告書も発表されている。

海外では主流の認知行動療法

 では、海外ではどんな治療をしているのか。海外の不眠症のための診療ガイドラインのほとんどで、不眠症のための認知行動療法(cognitive behavioural therapy; CBT)が、成人の慢性不眠症の治療の第一選択となっている。

 これは多くの質の高い臨床研究のエビデンスによって支持されている強い推奨である。CBTは、慢性不眠症に対して長期にわたる有益性があり、害が少なく、費用対効果に優れる。

 ごくごく簡単にCBTを一言で説明すると、日常生活での状況や出来事に自分がネガティブに考えていることに気づき(認知)、自分が避けてきたことや恐れていることにどのように振る舞うか(行動)の方法をセラピストと一緒に学んでいく対話型の心理療法である。

 CBTについて海外のスタンダードを知るには、英国精神科医学会のホームページがお薦めだ。そこでは複数の言語での翻訳を掲載しており、日本語版も読むことができる(英語版はこちら)。

 CBTは現在までに、次のような、多種多様なメンタルヘルスの問題に有効であることが臨床研究のエビデンスで明らかになっている:うつ病、不安障害(パニック、恐怖症など)、摂食障害、強迫性障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、双極性障害、統合失調症、睡眠障害、ストレス、怒り、自己肯定感の低さ、痛みや極度の疲労

日本でCBT普及を阻む壁

 質の高い臨床研究のエビデンスによって有益性が示されているのに、海外でもスタンダードになっているのに、なぜ日本では慢性不眠症の治療にCBTが普及していないのだろう。そこには、睡眠薬多用と裏腹の背景がありそうだ。

 前述の国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の睡眠・覚醒障害研究部の不眠症のホームページには、「欧米では非薬物療法(不眠に対する認知行動療法など)が推奨されていますが、わが国では医療保険が適用されず、治療を提供できる医療施設も多くありません」と書かれている。

 現在、日本では、CBTの保険適用が認められている疾患は、うつ病などの気分障害、強迫性障害、社交不安障害、パニック障害、PTSD、神経性過食症、物質使用障害(アルコールや薬物の問題)であり、「認知療法・認知行動療法に習熟した医師および医師と看護師が、厚生労働省の治療マニュアルに沿って行い、1回30分以上、16回まで」という条件が加えられている。

 まずはCBTが慢性不眠症の治療としても保険適用が可能になる必要があるが、それが実現したとしても、日本でCBTの普及を阻む壁は多い。

 診療報酬については、CBT(30分以上)を医師が実施すると480点(4800円)、医師および看護師が実施すると350点である。一方、30分未満で実施する通院精神療法(精神保健指定医によるメンタルヘルスの通常の外来診療)の診療報酬は330点(精神保健指定医以外の医師では315点)である。

 例えば通院精神療法を10分行うとしてざっと計算すると、収入はCBTの倍になる。治療に必要な時間と得られる診療報酬とを比べた経営上の要因でも、CBTは敬遠されてしまうのだ。

 他にも、医師の働き方改革の中でCBTでの看護師とのタスクシェアリングを制度的に進めることができるのか(将来的には心理士、精神保健福祉士、作業療法士などへも広められることが望ましい)。CBTに「習熟」するには一定のトレーニングが必要であり、その教育の対象は多職種保健専門職へも広げたいが、その教育プログラムは誰がどのように行うのか。参加するための費用と時間はどのように補償されるのか。


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