NTTグループと井上選手の関係は2018年から続く。当時はNTTぷららが運営する映像配信サービス「ひかりTV」がメインスポンサーとしてサポートし、その後にドコモが運営する「dTV」が独占生中継などを担い、「レミノ」へと継承されてきた。
ドコモの収益の大きな柱は携帯電話事業だが、携帯電話を取り巻く周辺事業として、会員基盤とデータ活⽤、サービスなど端末との連携による「スマートライフ事業」にも重点を置いている。スマートフォンとライブ映像の配信は親和性が高く、「dTV」により付加価値を高めて立ち上げたのが「レミノ」である。
そろばん勘定と井上陣営からの「信頼」
「レミノ」の認知度向上に、「井上尚弥」は最高のキラーコンテンツとなった。田中部長は「スポーツのようなライブ性のあるコンテンツは『この瞬間しか見られない、という感動をライブで感じることができる』点で非常に価値が高い。特に、井上選手はボクシング、スポーツという枠を超えた存在になっている。ドコモはもともとターゲットユーザーの年代が広いのですが、井上選手の視聴者層もレンジが広い。若い世代はもちろん、男女を問わず40~60代までの支持も高い」と話し、「レミノ」に注目を集めやすいとみる。
スポーツの放映権料は近年、高騰が続くと指摘される。26年のサッカー北中米ワールドカップ(W杯)アジア2次予選の第2戦で、日本がシリアに5―0で勝利した一戦は、日本国内向けのテレビ中継が行われなかった。高額な放映権料の設定が背景にあったという。
番組内のCM料収入を柱とし、番組を制作・放映する地上波では収支が合わず、交渉を見送らざるを得なかったようだ。地上波の手に負えなくなった放映権に手を伸ばすのが、動画配信サービス業界だ。
22年のサッカーW杯カタール大会は、インターネットテレビのABEMA(アベマ)で全64試合を無料生中継したことも象徴的だった。ある民放局でスポーツ放映に関わる社員も「ボクシングの世界戦も例外ではない」と認める。
ABEMAも高額な放映権料を支払って無料配信に踏み切ったのは、将来的に有料ユーザーを獲得するための「先行投資」だとされる。
「レミノ」も世界戦の配信契約の詳細は非公表だが、高額な契約であることは容易に想像がつく。先述の民放社員も「ドコモには潤沢な財力がある。先行投資という意味で攻勢をかけている」とみる。
もちろん、マネー競争だけではない。田中部長は「生配信については、(井上選手が所属する)大橋ボクシングジムとの長年の信頼関係により実現ができた」と強調する。
熾烈なビジネスの裏で、井上選手や陣営側にもメリットは大きい。前回の4団体統一戦は、新型コロナウイルス禍もあって9試合、約4年半を費やした。しかし、今回は階級を上げて2団体王者になると、わずか5カ月で4団体のベルトをかけた一戦が実現できた。
日本最速のプロ6戦目で世界王者となった井上選手も30歳。10月25日の囲み取材では「キャリアの後半にさしかかっている」と打ち明けたように、調整が万全なら試合間隔はそれほど空ける必要がなく、「『レミノ』による資本投下」があってこそ、興行の交渉もスムーズに進んだ面は否めないだろう。