2024年11月22日(金)

デジタル時代の経営・安全保障学

2024年2月8日

蔡英文政権下での対応

 しかし、台湾の偽情報対策を「民間主導」と総括するのはミスリードであろう。2023年には、デジタル発展部、教育部、法務部、中央選挙管理委員会を含むタスクフォースを設置し、選挙関連の情報操作の兆候のモニタリングを始めた。

 こうした政府の取り組みは最近始まったわけではない。蔡英文政権の8年間(16~24年)で、政策・立法レベルでの取組みも大きく進んだ。特に第一期蔡政権では災害防止救助法、正副総統選挙罷免法、公職人員選挙罷免法、社会秩序維持法、刑法の改正といった関連法令を整備した。

 外国、とりわけ中国による影響工作への対処として重要なものは、2020年総統選直前の19年12月に制定された反浸透法(Anti-infiltration Act)である。反浸透法は「域外敵対勢力」が台湾に浸透・介入することを防ぐため、企ての人物の指示や資金援助による選挙活動・政治活動を禁じたものであり、制定時は台湾内で大きな議論を呼んだ。

 前述の市民団体の多くも、17年から19年にかけて設立された。これは18年に発生した2つの事件、日本の関西国際空港を襲った台風に関する台湾政府の対応に関する不確実情報(同年9月)と統一地方選挙に関する干渉(同年11月)、が台湾政府や社会の情報操作対策を加速させたのかもしれない。

 蔡政権は議論を呼ぶ対応、メディアに対する規制も検討・実施してきた。台湾国家通訊伝播委員会(NCC)は20年11月、中天電視のニュースチャンネル「中天新聞台」の放送免許を更新しないことを決定した。詳細は割愛するが、中天電視は中国大陸と強い経済的結びつきを持つ台湾人実業家の企業グループの傘下にあり、NCCによれば、このチャンネルの中国寄りの偏向報道が是正されないこと、親中派の実業家による報道・編集への介入等を理由に免許を更新しなかった。ところが、放送免許切れ後、中天新聞台はNCC管轄外のYouTubeで番組を継続している。

本丸としてのプラットフォーム規制

 こうした状況をふまえて、蔡政権ではデジタルプラットフォーム(DPF)に対する包括的規制が検討された。その核心は台湾内でも大きな議論を呼び、NCCが22年6月に草案を公開した「デジタル仲介サービス法(Digital Intermediary Service Act: DISA、数位中介服務法)」である。結論から言えば、この法案は撤回された。正確に言えば、立法院への提出に至らなかった。

 台湾DISAは、欧州デジタルサービス法(DSA)や英国オンライン安全法(OSB)をモデルとし、DPFの偽情報対策等を規定するものだ。台湾DISAは欧州DSAと同様、規模や影響力に応じた対策を事業者に求める。特にアクティブユーザーが台湾人口の10分の1(約230万人)以上、または行政が指定するプラットフォーマは「超巨大オンラインプラットフォーム(VLOP)」に分類され、最も厳しい義務が課せられる。

 22年夏の3度にわたる法案説明会と関係者の意見表明(公聴会)で、市民グループや研究者、通信事業者、大型掲示板「PTT」、オンライン・ゲーム大手の「バハムート(巴哈姆特, Bahamut)」、LINE Taiwan等のDPFは台湾版DISAを批判した。特に争点となったのは、「情報制限命令」と「緊急情報制限命令」を規定した条項だ。前者は行政が裁判所を通じて、後者の「公益上回復が困難な重大な損害を被り、緊急の必要性があると認めた場合」には裁判所の決定を経ずに、DPFに対応を求めることがきるというものだ。

 このように台湾では、中国からのデジタル影響工作に対抗すべく、立法措置も含めた対応が講じられてきたものの、DISA等の一部については台湾社会と相いれないという合意に至った。戒厳令下の厳しい統制や検閲といった社会的記憶が影響しているのかもしれない。

 しかし、ある法律の専門家は、NCCが近い将来、新たなDISA草案を提案すると予想する。また24年2月1日から始まった第11期立法院(台湾議会)でも、より野心的な偽情報・影響対策法案が議論されるかもしれない。

 前述の認知戦の専門家である沈伯洋は今回の立法委員選挙に民進党から立候補し、(日本でいう)比例区民進党第2位指名として当選した。政権与党・民進党が沈を「当選確実者」として位置付けた意味は小さくないだろう。

 もちろん、今期の立法院は過去8年とは異なる。総統選を制したのは民進党だが、立法院では国民党が議席を大きく伸ばし、第一党に返り咲き、20年総統選候補だった韓国瑜が立法院長を務める。

 国民党および民進党が単独で立法院過半数を構成しない中、キャスティングボードを握るのは民衆党だ。党主席の柯文哲氏は、どの政党と組むかはテーマによる、と是々非々の姿勢を示す。

 このように情報操作に強いレジリエントな社会は、何らかの一つの決定的な政策や取組みによるものではない。公的セクターと市民・民間セクターによる多様かつ継続的な試みが、情報操作にレジリエントな社会を維持している。

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