2024年台湾総統選挙・立法委員選挙に関する大量の偽情報や中国の干渉に関わらず、台湾社会の高いレジリエンスが証明された。その要因はどこにあるのか。
24年台湾総統選挙・立法委員選挙の投開票日の翌朝9時。日曜にもかかわらず、50人ほどの市民が台北市中正区のビルの一室に集まった。その目的は1000台湾ドル(約4600円)の受講料を支払って、約7時間の研修ないしトレーニングを受講するためだ。
ビル入館時のセキュリティチェックに加えて、受講直前にはやや面倒な本人確認の手続きが求められる。詳細は省くが、最大でも数分間しか有効にならない本人確認で、第三者になりすましての受講は難しい。
トレーニングのテーマはビジネススキルの向上やダンスではない。「戦時でいかに生き残るか」「いかに自分自身や家族、友人、隣人を守るか」であり、戦時で市民に期待される行動をレクチャーするものだ。
黒熊学院の挑戦
このプログラムを提供する「黒熊学院(Kuma Academy)」は台北大学准教授の沈伯洋氏と台湾安保協会副秘書長の何澄輝氏が創設した非営利団体で、22年9月、半導体受諾製造大手「聯華電子(UMC)」の創業者・曹興誠(Robert Tsao)氏から6億台湾ドル(約27億円)の寄付を得たことで有名だ。
曹らの支援を得て、黒熊学院は3 年間で 300 万人の市民(全人口の約13%に相当)に民間防衛教育等を提供するという野心的な目標を掲げる。「黒熊」とはツキノワグマの台湾固有の亜種(タイワンツキノワグマ)を指し、トレーニングを受講した市民は「黒熊勇士」と呼ばれている。
黒熊学院の「ベーシックコース」は「現代軍事科学」「情報戦・認知戦」「応急処置・救護活動」「避難」の4つから構成される。各テーマを担当する講師はいずれもその分野の専門家だ。
「現代軍事科学」では、戦争の歴史、人民解放軍の「核のトライアド」、人民解放軍の台湾島侵攻能力に関する虚実等の専門的な内容をコンパクトにまとめ、「応急処置・救護活動」では具体的な止血方法や要救護者の搬送方法等を学ぶことができる。
特筆すべきは「情報戦・認知戦」で、戦時を想定した情報リテラシー教育は非常に珍しい。このパートに深く関わるのは、中国共産党の台湾向けオンライン影響工作について世界を代表する専門家、前述の沈である。
戦時にはどのようなチャネルで、どのような「物語」が流布される傾向にあるのか。平時の人の繋がりや資金の流れはどのようになっているのか。平時と有事に市民はどう行動すべきなのか。ウクライナ戦争といった最新の事例も反映されている。