貧しい病人の駆け込み寺、コロンボの国立病院街(Hospital Square)
コロンボ市内の一角に診療科別の国立病院の古びた病棟が並んでいる。国内最高水準の医療技術と医療機器があるので全国から患者が殺到する。スリランカの国公立病院では診察診療は現在でも無償だ。それゆえ金銭的に余裕のない患者が全国から押し寄せる。
整形外科病棟の屋内の待合室は満員で屋外の屋根付き待合スペースも立錐の余地もなくストレッチャーに乗せられた数人の骨折した怪我人が玄関前で順番待ちしていた。眼科病棟では屋外屋根付き待合スペースが一杯なので裏庭にも天幕が仮設されていた。
国立病院街に数十ある病院・病棟はいずれもかなり古く壁がひび割れて窓枠がさび付いている。また内部は節電しているのか元々照明がないのか、昼間でも暗く目が慣れるまで足元が覚束ない。天井のファンだけでエアコンはほとんどない。築後70年でも建て替え予算がなく放置されている。珍しく歯科・口腔外科センターは2017年竣工の9階建てのビルだった。財政破綻以前の最後の予算だったようだ。
救急病棟には福岡玄海ライオンズクラブとコロンボライオンズクラブが寄付した救急車が待機していた。
国立病院街の周囲には診療科別に幾つもの私立病院があるが、富裕層や忙しいビジネスマン向けだ。建物も新しく看板広告で最新医療機器があることを特筆。国民皆保険制度の日本では考えられない“貧富の格差=医療格差”の現実だ。
眼科病院で院長先生に聞く“老朽病棟と医師不足”
眼科病院であまりにも待合スペースが混雑しているので、看護師に事情を聞いたら院長室に案内された。医学博士の院長が筆者と話している間にも頻繁に書類を持った職員が出入りして院長に決裁をもらっている。かなりの激務だ。
患者は毎日約2000人来院するが付き添いも来るので待合スペースがパンクしていると。病棟は築後70年近く老朽化のため2021年に建替え予算が承認されたが、2022年の財政破綻で建設計画が白紙撤回と。
一方で、日本のJICA(国際協力機構)からの無償援助で最低限必要な医療機器は確保できていると、日本の援助に謝意を表明。中国からの融資で建設された外来病棟については、返済が滞ったらどうなるのか言外に警戒感を示した。
コロンボ国立病院の各診療科病院では、中堅・若手医師が英国など先進国の病院に転職するケースが後を絶たない。地方公立病院からの配置転換でなんとか定数を満たす綱渡りと。いずれにせよ、全国の国公立病院全体では慢性的な定数割れが深刻化。対策として政府は国公立病院の医師の定年を2年延長したが、さらに2年延長される見通しという。院長氏も年末で退職を計画していたが、さらに2年延長と苦笑。
外貨不足から薬代は自己負担化の流れ
キャンディーのゲストハウスのメイドの月給は1万5000円。女中部屋に住みゲスト用食材で自炊しているので、食費もかからないので待遇に満足していた。問題は医療費である。
軽度慢性糖尿病の彼女は月に一度、町の公立診療所に通っている。受診料は無料であるが5種類の医薬品のうち3種類の高額輸入薬剤は、全額自己負担なので薬局で購入するが、月給の半分近くが薬代に消える。公立病院では以前は医薬品も含めて完全無償であったが、財政難により過去数年で医薬品の自己負担が一般化してきたという。
ハンバントタ市の公立糖尿病心臓病専門診療所は毎日300人の患者を診察。事務局長によると医薬品予算がないので今年から診療所は処方箋を発行するだけで薬代は患者が全額自己負担という。
複雑なスリランカの学校教育制度
本編第2回『財政破綻しデフォルト宣言したスリランカの庶民生活の現実(下)』では、公立学校教員は校長以下全員が薄給を補うため、副業・アルバイトをして糊口を凌いでいることを記した。さらに財政破綻により公教育が危機に瀕している実情を伝えたい。まずスリランカの教育事情を理解するために複雑な学制を説明したい。
■義務教育:小学校5年+初級中学4年=計9年
学齢は5歳から14歳
■中等・高等教育:上級中学2年+高校2年、さらに大学がある。
義務教育・中等・高等教育それぞれ国公立・私立(インターナショナルを含む)がある。
公立は授業料・教科書・制服など完全無償。私立は授業料が高く寄付金も必要だが水準も高い。
■公立学校:◎一般の各地区の9年制公立学校(タイプ3)
◎上級中学まで一貫教育の11年制公立学校(タイプ2)
◎高校まで一貫教育で文系・商科大学へ進学可能な13年制公立学校(1C)
◎高校まで一貫教育で理系大学にも進学可能な13年制公立学校(1AB)
つまり公立学校でも1AB>1C>タイプ2>タイプ3と大きな格差がある。上位重点校では小学校入学前に面接・簡単な筆記試験で選抜しているようだ。そして各段階で下記のような全国統一試験があり、最難関の国立大学を卒業できるのは同学年の子供のなかでおよそ2%という厳しい選抜システムである。
■小学校5年時の奨学金試験
200点満点で最高得点が190点前後で最低合格ラインは150点。最高位生徒はコロンボの名門ロイヤル公立学校に転入できる。その次のレベルは1ABに、さらに次のレベルは1Cへ、その下はタイプ2へ転校できる。下のレベルの公立学校の生徒にとり高校、大学に進学できる上位重点校に転校できる唯一のチャンスだ。都市の重点校に転校するにあたり寄宿する必要がある場合に寄宿費用等が奨学金として授与される。
地方の“タイプ3”公立学校で奨学金試験に合格するのは、各地で見聞した限り15~25%。公立学校・私立学校ともに奨学金試験合格者の顔写真と点数を正門前に横断幕で掲示して祝う。
■高校進学試験(Oレベル試験)
上級中学2年時に受験。全国で30万人以上が受験して合格率は50%以下。小学校入学時の子供の40%程度しか高校に進学できない。やはり学校は合格者を横断幕に掲示して祝う。
■大学入学資格試験(Aレベル試験)
高校2年間はAレベル試験の受験勉強に専念。合格率は50%以下。資格試験に合格しても国立大学の定員が約1万6000人なので、Aレベル試験受験者のうち国立大学に合格するのは十数%だけという超難関。入学しても卒業できるのは半分程度らしい。
校舎建設工事が中断されたままの公立学校
キャンディーは英国植民時代からの名門私立校もあり公立学校も地域の有力進学校がある。11月28日、キャンディー湖畔の13年制男女共学公立学校(1C)を訪問。校長先生は実直な人柄。生徒数1570人、一学年約120人、クラスは45人以下。毎年奨学金試験の上位合格者十数名が隣の仏教系男子公立校(1AB)に転校するという。1Cの同校からは成績が良くても理系大学へは進学できないからだ。一方で、政府予算がなく校舎新築工事は2階でストップ。3階の工事再開は目途がないと。
その日の午後、名門の仏教系男子公立校(1AB)訪問。副校長によると全校生徒4400人のマンモス校。奨学金試験に上位合格した他校からの転校生を毎年150~200人編入。なんとか一クラス55~60人を維持。高校生には放課後に個別補習授業して大学入学資格試験に備えている。ちなみに全国から最優秀生徒が集まるコロンボのロイヤル公立学校は8000人超とのこと。
このキャンディーの名門校では13年生(高校2年生)の60%がAレベル試験を受験するが、国立大学に合格するのは13%程度。国立大学不合格者の半分近くは私大か海外留学を目指すという。
副校長の案内で校長室へ。校長はブルドッグのような風貌の精力的野心家という第一印象。開口一番「校長の最大の責任は必要な資金を調達することだ」と吠えた。聞くと、彼は本来教育行政官僚で地域の教育長と役人としてのランクは同じであり、しかも教育長が配分する政府予算はほとんどゼロなので何の遠慮もなく自分の判断で資金調達していると説明。
そのため生徒の親にお願いしている寄付金(公立な表向きは任意であるが全員が応じていると)は年間4000円だけと胸を張った。ちなみに私立学校は授業料の他に強制寄付金が最低でも年間6万円(スリランカの平均年収は手取りで36万円)、有名私立校では年間50万円にもなる。
仏教系名門公立校なので後援団体の仏教財団、そしてOB会からの寄付がベース。そして着任後に組織したのが在外OB親睦ネットワーク。欧米で成功したOBから寄付金を集めている。
さらに学校の正門周辺や校舎の壁や塀などの目立つ場所を利用した広告収入。携帯電話会社、高級スーパー、大手外資系学習塾、幼児英才教室、英会話学校などの広告が並んでいる。そして極め付きは偶然当日開催された大講堂(auditorium)でのロックコンサート。