2024年2月26日(月)

定年バックパッカー海外放浪記

2024年1月7日

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光州事件(5・18民主化運動)の実態は、民主化運動と呼べるものなのか

光州市の平和記念公園に設置された慰安婦少女像。碑文の全文下記
「我々は日本による植民地支配がなされた時代、花盛りの年頃に日本軍の慰安婦になることを強いられ、性奴隷としての生を強要されたこの地の少女たちの苦しみを忘れず、二度と戦争や暴力により人間の尊厳が抹殺されることが繰り返されないよう望み、民主・人権・平和の価値が尊重される世界を希求する東区民の志を集め、ここに平和の少女像を建てる。2017年8月14日」

 光州事件は1980年5月18日から27日までの期間に発生した民主化運動と、それに対する国軍と警察による武力弾圧を指すというのが一般的な韓国政府の公式的な説明である。韓国では現在正式には“5・18民主化運動”と呼ばれている。つまり“暴動”“武装蜂起”という様相を完全否定して、あたかも“平和的民主化市民運動”であったという位置づけにされている。

 金大中・金泳三・廬武鉉・文在寅といういわゆる左派・リベラル政権時代に国家としての正式見解として“政治的に定義”されたものである。尹大統領も左派・リベラル勢力からの無用な猛反発を避けるために公的立場としては前政権のスタンスを踏襲している。

 事件の経緯は1979年の朴正熙大統領暗殺に遡る。長期に開発独裁政治を主導した朴正熙の暗殺により、一時『ソウルの春』と呼ばれる民主化のムードが高まった。政治的空白のなかで12月に全斗煥少将がクーデターにより軍部を掌握。ちなみにこのクーデターの緊迫した一日を描いた映画が2023年秋に公開された『ソウルの春』である。公開されて数週間で観客動員数1069万人を突破して2023年の最多観客動員記録となった。

 全斗煥は1980年5月17日に全国に戒厳令を発令し、野党指導者の金泳三・金大中を逮捕拘束。5月18日に光州市で戒厳令に抗議して民主化を要求する学生・市民のデモが発生すると鎮圧に出動した韓国軍・機動隊と衝突。デモは金大中の出身地である木浦を含め全羅南道一帯に拡大。

 光州のデモ隊は軍需工場から軍用トラック・戦闘車両を奪い、さらに郷土予備軍の武器庫から銃器・弾薬を奪取して武装。武装市民と鎮圧部隊の間の銃撃戦が激化。鎮圧部隊が市街地で鎮圧作戦を展開するなかで武装市民のみならず、多数の民間人が犠牲になった。鎮圧部隊が市内全域を5月27日に制圧して終わった。

 こうして2001年の政府発表では死者406名、負傷者4782名という犠牲者を出した大惨事となった。

光州事件の関係施設は市民の被害ばかりを強調、他方で不可解な展示写真

 7月30日。「5・18記念文化センター」は、5階建ての大きなビルである。当時の写真や展示物は鎮圧部隊による残虐行為により死傷した武装市民や、一般民衆の被害を強調する内容ばかり。「女子供老人を含む犠牲者の遺体と嘆き悲しむ遺族」、「負傷した子どもを担架で懸命に運ぶ労働者」、「避難してきた人々が雑魚寝している破壊されたビル」というような“被害者”の写真が大半である。

 他方で奪取した軍用トラックの荷台にライフル銃で武装した市民・学生が鈴なりに乗って市内を走る数枚の写真があった。

光州広域市 5・18民主化運動記録館

 7月31日。『5・18民主化運動教育館』を訪問したが、展示は写真パネルのみ。なぜか『5・18記念文化センター』とほぼ同じ写真ばかりであり、解説も同様であった。特に武装市民を撮影した写真については両方の施設で全く同じ数枚の写真のみであった。

 “5・18”武装蜂起が、北朝鮮特殊工作員部隊により仕組まれたという証言は、当初から少なからずあった。その証拠に光州市内の武装市民の写真に写る複数の人物と、同一人物が後年北朝鮮の革命英雄叙勲式典の記念撮影に写っていたと指摘する証言がある。これらの北朝鮮関与説を排除するために武装市民を撮影した写真を選別して光州市民であると身元が確認された写真のみを意図的に選別して展示しているのではないか? と筆者は推測するが、真相はいかがであろうか。

光州事件は一般市民による民主化運動なのか? 共産勢力武装蜂起なのか?

 なぜ一般の学生・市民が容易に軍需工場や武器庫を襲撃して武装することができたのか筆者には不思議であるが、まったく説明がない。5月18日にデモを開始して数日で軍需工場・武器庫を占拠しているのだ。

 数千人の男たちが小銃・爆弾・鉄パイプ・火炎瓶などで武装して、軍用トラックで市内を走り回り、市内の要衝をバリケードで要塞化する状況は“内戦・反乱”と表現するべき事態ではないだろうか。筆者の感覚ではとても“民主化を要求する市民運動”と呼べるような次元ではない。

 当初から北朝鮮の関与を裏付ける証言が多々あったが、左翼リベラル政権時代に政府による検証作業や一連の裁判により完全否定されている。ちなみに韓国の裁判所は法律に従い判決を下すのではなく、時の政権や国民大衆が望む方向に判決を下すことを正義とする傾向があるように見えるのは最近の判例でも感じられる。

 なお、最も資料があると思われる旧全羅南道庁舎、国立5・18民主化運動記録館は、長期休館のため観覧できなかったのは残念だ。


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