映画が光州事件に関する韓国民の史実となった
光州事件を題材にした韓国映画『タクシー運転手~約束は海を越えて~』は2017年8月に公開され観客動員数1200万人を超えて大ヒットとなった。
粗筋は韓国人タクシー運転手がドイツ人報道特派員を乗せてソウル空港から光州に行き鎮圧部隊の封鎖戦を突破して光州市内に入り、ドイツ人特派員は全世界に警察・軍隊の残虐行為による市民弾圧の実態を報道したという内容。これは東京特派員だったドイツ人と、彼を乗せたタクシー運転手の実話にもとづく映画化である。そして光州事件を“民主化を求める市民運動”vs“軍事独裁政権による残虐非道な弾圧”という構図の感動的物語として描いたのだ。そして今回の旅行で光州事件について話をした韓国人はほぼ全員がこの映画を史実であると信じていた。
なぜこの映画が記録的大ヒットとなったのか。2017年の時代背景があると思われる:
3月 朴槿恵大統領を憲法裁判所が罷免。その後スキャンダル容疑で逮捕。
5月 大統領選挙で文在寅当選、大統領に就任
6月 慰安婦強制連行を証言した吉田清治の謝罪碑を書き換えた日本人を逮捕
釜山市議会、慰安婦像保護を条例で可決
8月 文在寅大統領、米軍の朝鮮半島での軍事行動を拒否すると明言
文在寅大統領、慰安婦問題・徴用工問題で対日請求権があると明言
サムスン電子副会長、朴槿恵元大統領への贈賄で有罪判決
9月 ソウル市鐘路区、日本大使館前の慰安婦像を公共造形物に指定
10月 韓米日安保協力を軍事同盟に発展させないと中国に約束
11月 トランプ大統領訪韓、文在寅大統領は元慰安婦を紹介、独島産エビを提供するなどして日
本を牽制
さらに2018年2月平昌冬季オリンピックでホッケーなど南北合同チーム参加、5月には世界卓球選手権の団体戦で南北合同チーム参加と南北融和が加速した。
以上のように、保守政治否定、対日強硬、南北融和という文在寅大統の政治的ムードのなかで“韓国人が自ら作り上げた文在寅民主的政権”という幻影に酔いしれていた時期である。“キャンドル革命”により朴槿恵政権を倒し民主派人権派の英雄として文在寅大統領を当選させた韓国民は、戦後韓国の民主化運動の一つの大きな原点が光州事件であったと描く映画『タクシー運転手』の美談・英雄譚に熱狂したのだろう。
左派・リベラル的な比較的若い韓国人から“日本は米国占領軍により民主主義を与えられた”が“韓国は自分たちの手で民主主義を勝ち取った”という言説を筆者は過去何度も聞いたことがある。彼らは光州事件を民主化への苦難な歴史の一部と位置付け誇りにしたいのだろう。
犠牲者救援法による特権階級
2003年に廬武鉉大統領は戦後歴史清算事業を開始した。その後光州事件の犠牲者や家族の名誉を回復し救済する法律が制定された。
8月2日。光州市内の公園で68歳のY氏と知り合った。同氏は5・18民主化運動世代であるが直接行動には参加しなかった。同氏は参加していれば、さまざまな経済的社会的なメリットがあったと残念がっていた。光州事件被害者や遺族は特権階級であるという。国立大学入試、公務員試験、軍隊昇進試験など公的試験では10%以上加点され、毎年の納税額、電気水道など公共料金も減免されるらしい。
そして被害者又は遺族としての認定は、既存の被害者及び被害者遺族の会が事実上決定する仕組みらしい。こうして特権階級は既得権益を独占する仕組みができ上がっているという。こうした支配体制により光州市や全羅南道では左派・リベラル派議員しか当選できない政治的風土が形成されているが、誰も批判できないという。
歴史歪曲罰則法、光州事件に関しては言論の自由はない?
韓国では文在寅政権時代に成立した法律により、光州事件について北朝鮮の関与や陰謀を公に発表することは禁じられている。実際に町で出会った人に光州事件への北朝鮮の関与について聞くと「光州事件は民主化を求める市民運動」という紋切り型の回答ばかりである。教科書で教えられているからであろうか。さらに映画『タクシー運転手』の影響もあるだろう。
仁川の公務員の女性は光州事件について過去の政府公式見解以外の解釈を口にすることは“道徳に反する”というような趣旨の反応を示した。あたかも神聖な民主化運動の犠牲者を冒涜するというようなニュアンスであった。
政治学専攻のリベラル派の大学4年生の英語・日本語が達者な男子学生は理路整然と「民主国家である現在の韓国では言論の自由が優先します。北朝鮮工作員が市民を扇動して武装闘争を仕掛けたと主張することは法律的には可能です。しかし立証できず単なる陰謀論として冷笑されるだけのことです」と不快そうに一蹴した。
いずれにせよ、韓国では未だに光州事件について客観的かつ公平冷静に多角的に検証するのは難しいと思われる。済州島事件・光州事件についてはモヤモヤが消えないもどかしさが残った。
以上