公園の陸橋の下に広がる不思議な“アート空間”
9月13日。終日雨、しばしば大雨。ソウル近郊の河南市東端からソウルを目指して走ったが、大雨のためしばしば雨宿り。夕刻、漢江近くのオリンピック記念公園に隣接する高層マンション群の緑地帯に到着。
やっと雨は上がったが夜半から再び降雨という天気予報。緑地帯は公園になっており陸橋があった。陸橋の下は雨が防げるので格好のキャンプサイトだ。しかも陸橋の下は照明されており明るい。近寄ると陸橋の下はアートギャラリーになっている。高層マンション群を建設した不動産開発会社が周囲の緑地帯を整備する一環としてアートギャラリーを設けたのだろう。
陸橋の下は遊歩道と自転車専用道が通っており雨上がりの夕暮れ時にジョギングや散歩の人たちが通る。また自転車通勤・通学している人たちも通る。高層マンション群の住人の生活道路になっているようだ。
アートギャラリーに一台のアップライト型ピアノがあった。古びていたので鍵盤の蓋を開けてドレミファソラシドと弾いてみると調律されており、陸橋の下という空間なので音響もいい感じだ。
とりあえずテントを設営しながらシュラフやエアーマットを干した。通りがかりにピアノの鍵盤に触って音を出す人が何人かいたがピアノ演奏する人はいない。
どこかで聞いたようなピアノ曲を弾く小学生の男の子
夕日が沈むころ一人の小学生の男の子が来て椅子に座りピアノを弾き始めた。なにか適当に弾いているような弾き方である。曲を弾いている途中で少し考えてからまた弾き始める。なんどか同じ個所を弾いてから次に進む。そんな感じでどこかで聞いたようなピアノ曲を数曲ばかり弾いた。楽譜はなく全て暗譜だ。筆者が拍手すると恥ずかしそうに下を向いた。
小学校中学年くらいでピアノ教本の練習曲ではないクラッシクのピアノ曲を暗譜で弾けるというのは特別な才能があるのだろうか。
そのうちに母親らしい女性がやってきて、ピアノの近くで男の子の演奏を見守っていた。いかにもセレブ・ママというオーラが漂っている。韓流ドラマに出てくるようなすらりとした美人で上品なワンピースが似合っている。
筆者が挨拶に行くと、親子は近くの高層マンションの住人という。男の子の演奏を聴きながらセレブ・ママに話を聞いた。男の子は小学4年生。ピアノを習い始めてから3年足らず。ピアノは週に一回習いに行っているだけ。ピアノ以外にサッカークラブにも入っており週2回はサッカーの練習。そして何よりもゲームに夢中で家では時間があればゲームをしているという。つまりサッカーやゲーム好きのフツウの小学生のようだ。
セレブ・ママは「英語は少しだけ話せます」というので英語で話したらセレブ・ママの流暢な英語にたじろいでしまった。いわゆる帰国子女のようだ。少年は家ではピアノ教本の練習曲は少ししか練習しないという。好きなクラッシックのピアノ曲のCDを聞いて耳で覚えてそれをピアノで弾いて再現するというのが少年の練習方法のようだ。ピアニストの辻井伸行氏と同じである。絶対音感の持ち主なのだろう。
ピアニストとしての将来よりも“のびのび育ってほしい”という親心
近年欧米の有名音楽コンクールで韓国の若手演奏家が優勝・入賞したというニュースは枚挙に暇がない。昨年だけでも米国のバン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝、エリザベート国際コンクールのチェロ部門で優勝、シベリウス国際バイオリンコンクールで優勝などなど。
過去数年間の世界の主要なコンクールでファイナル・セミファイナルに進出した演奏者の出身国では米国、ロシア、欧州を抑えて韓国が最多であると聞いたこともある。背景には韓国芸術総合学院など国を挙げての徹底したスパルタ方式の英才教育システムがあるらしい。
そんなことを思い出しながら、セレブ・ママに男の子が将来ピアニストになるとを希望するか聞いたところ、「本人の希望次第です。おそらく今はピアノを弾くことを楽しんでいるだけでピアニストになるという希望はないと思います。子どものうちは色々なことに興味を持って可能性を伸ばしてほしいと思います」と日本のフツウの親御さんと同じような回答。韓国は大学入試同様に音楽の世界でも厳しい競争なのだろうと想像した。