これらの事実から北沢は、15日未明の児玉飛行場からの特攻は「実際には存在しなかった」と結論付けている。したがってこの名場面は虚構であり、実際は、出撃は翌日に試みられたものの天候が悪く、できなかったのである。
さらに読者の興味をそそる日記
言うまでもないが映画は史実どおりである必要はなく、史実と違っていても見た人に考えさせられる内容であればそれで良い。したがって映画自体の評価がこれにより変わるものではない。ただ、史実でないものはどこまで行っても史実ではないから、原作の方には問題があるということになるかもしれない。
最後に本書で気になったことを書いておく。43(昭和18)年10月19日、岡本喜八は東宝に入社したばかりであったが、この日の日記に次のように記しているという。「企画の菅クンと芝生に寝転ぶ。デコ(高峰秀子)は目下灰田勝彦と同セイしてる由。その前は黒沢さん(黒澤明)ととか チキショウ」。
これはどの程度事実なのであろうか。黒沢との婚約記事が新聞に出て別れさせられたことは高峰秀子の自伝(『私の渡世日記』)にあったが、そこでは二人は部屋で会ったとたんに別れさせられたことになっている。岡本の日記の方が真実の気がするが。
いずれにしても著者は、軍人の評伝(『辻政信の真実』『昭和の参謀』)から今度は戦中派監督の評伝へと歩を進めた。次の作品がますます楽しみだ。