これとは反するようだが、余りに日本的な発想で表現し、世界から理解されないような表現は修正が必要だ。現代劇における不必要な暴力表現、ジェンダー差別と誤解される表現などは、メッセージが伝わらなくなるリスクを考えて別の表現方法に置き換えるべきだ。また、日本の伝統カルチャーを扱う場合は、全体を損なわない範囲で説明的な表現を心がけるのが良い。
例えば、新海誠監督の最近の3つの大作では、巫女を扱った『君の名は。』、人身取引を示唆するシーンのあった『天気の子』と比較すると、『すずめの戸締まり』における女性主人公の扱いには慎重さが見られる。それは一種の自主規制かもしれないが、ジェンダー問題への意識がどんどん加速している世界をターゲットとする以上、必要な配慮と思われる。
いかに裾の広く稼ぐか
2点目は、確実なマネタイズを考えるということだ。一番の問題は海賊版の横行だが、これに対する対策はネット上の警察活動を強めることだけではない。勿論、漫画のタダ読みサイトなどは論外だが、多くの海賊版は「タダで見たい」から発生するというよりも、正規ルートでのアクセスが難しいことで使い回される。これを防止するためには、各国市場に時間差のない形でコンテンツを投入できる体制を整えるべきだ。
グッズやコト消費による収入確保、更にはタイアップやテーマパークへの参入など、周辺ビジネスの展開についても、日本のコンテンツの場合はスピード感がない。これは、言葉の壁と契約社会への不慣れという面が大きい。
日本発のコンテンツに対して世界中にファンが増えている現在、何もかもを日本人が仕切るのではなく多国籍の人材を集めて、しっかり日本コンテンツの権利を確保しつつスピーディーに売り込む体制を構築すべきだ。
3点目は資金である。現在、日本人の脚本・演出・出演による日本語のドラマでも、Netflixなどの外資ストリーミングサービスが進出してきている。監督や役者の多くは、こうした外資の資金力のおかげで生活が安定するのは事実だ。また、全世界同時配信で日本のコンテンツがヒットしてゆくのは現象としては素晴らしい。
だが、外資制作の作品では日本経済への貢献は限定的となる。日本のコンテンツである以上は、やはり民族資本の投資によって制作し、その成果を日本の国内総生産(GDP)に着実にカウントすべきだ。