2024年11月22日(金)

INTELLIGENCE MIND

2024年4月20日

 また現在、「経済安保情報保護法案」として、民間人へのセキュリティー・クリアランス(SC)制度の検討も進められている。これは国と民間の情報共有を進め、企業からの技術情報の漏洩を防ぐ目的のものだ。

 同法案は、国が経済安全保障上の秘密を重要経済安保情報に指定し、職務上その情報を必要とする者に、身辺調査を根拠としたSCを付与するというものである。近年では経済安全保障の観点から、民間や大学の技術開発者であっても、AIや電気自動車(EV)、医療用ワクチンなど、新技術を国際共同開発する際にSCを求められることが増えてきている。

 例えば米英の間ではSC制度は規格が統一されている。そのため、米英の民間企業の技術開発者は同じ土俵で研究開発や込み入った議論が可能となるが、そこにSCを持たない日本の技術者は入っていけない。そうなると今後、日本の技術開発がどんどんガラパゴス化していくことも想定される。

 またサイバー・セキュリティーの分野においても、サイバー攻撃の予兆を政府機関が特定した場合、それを速やかに民間企業や重要インフラ施設に注意喚起する必要性がある。もしSC制度がなければ、この種の通達もスムーズにいかなくなる。つまりSC制度は経済安全保障の分野からサイバー・セキュリティーまで必要不可欠なものなので、こちらも制度の導入が期待される。

泰平の眠りから目覚め
希求の声をあげよ!

 最後に、日本にもCIAのような対外情報機関を設置すべきだ、という意見も散見されるが、戦後日本はこの種の活動ができないよう、法令などで厳しく縛ってきた。

 日本で対外情報機関が設置されても、活動に必要な偽名のパスポートを発行すれば違法となるし、通信傍受もできない。そして外国で逮捕された場合、スパイ防止法のない日本ではスパイ交換で取り返すこともできない。

 さらに言えば、外交情報については外務省が所掌だが、基本的に外務省は自らの外交政策のために情報を収集することが主目的になりやすく、国のために情報収集活動を行うという意思が希薄だ。国の情報を取りまとめていた大森義夫・元内閣情報調査室長は「(内調室長時代に)外務省の公電を見せてもらったことは一度もない」と回想している。

 このような状況で対外情報機関を創設しても、恐らく機能しないのではないか。

 個人的には、15年に外務省内に設置された国際テロ情報収集ユニット(CTU−J)を強化していくことが、現実的に思える。同組織はテロという分野に特化しているが、平時から海外で情報を収集し、外交公電に頼らず情報を直接内閣官房に送ることができる。

 ただし同組織は外務省と警察庁の微妙なバランスで成り立ってもいる。対外情報収集に積極的なのは警察、外務はやや慎重なので、CTU−Jを拡充しようとすると、両組織の間で確執が生じてしまう。さらにCTU−Jを拡充するのであれば、欧米のように議会で情報機関を監視する制度も必要になってくる。

 そうなると政治による改革の主導が必須だが、かつての町村信孝氏や安倍晋三氏のような、インテリジェンス改革に関心を持つ有力政治家が永田町に見当たらない。

安全保障環境の変化は著しい。日本なりの解を追求し、国家のインテリジェンス能力向上を図ることは急務だ(TAKU_S/GETTYIMAGES)

 改革を進める上で最も重要なのは、世論がこの分野に関心を持つことだ。SC制度の導入は経済界からの要望も強かったので、その検討も進んだ。

 ウクライナや中東での戦争が長期化し、東アジアでは台湾有事の可能性も指摘される中、日本国民は泰平の眠りから目覚めつつある。

 今必要なのは、サイバー空間や世界各国で情報を集め、それを的確に分析して政策決定につなげるような質の高い国家のインテリジェンス能力であり、それを希求する国民の声なのだ。

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Wedge 2024年5月号より
平成全史
平成全史

小誌の創刊は、時代が昭和から平成となった直後の1989年4月20日である。平成時代は、政治の劣化や経済の停滞など、多くの「宿題」を残した。人々の記憶から忘れ去られないようにするには、正確な「記録」が必要だ。2号連続で「平成全史」を特集する。


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