2024年12月22日(日)

INTELLIGENCE MIND

2023年11月23日

 世界のインテリジェンス強国を挙げよ、という議論になると、必ず名前が挙がるのが『007』の母国、英国だ。 

 ただ英国が一貫してインテリジェンスに強かったわけではなく、そこには試行錯誤の歴史があった。基本的に英国は自分より強大な敵に直面した際、軍事力の差をインテリジェンスで埋めようとする。特に20世紀に入ると、ドイツという強敵に2度も立ち向かわねばならず、その過程で、スパイや通信傍受といったインテリジェンスが発達したのである。そしてそれは結果的に見れば正解であった。

 これに対して戦前の日本軍は、精神論や作戦至上主義によって強大な米軍に勝利しようと試みたが、それは失敗に終わっている。ただ英国のインテリジェンスへの傾倒は、時に一風変わった作戦を生み出している。それが今回取り上げる「エラー(失敗)作戦」と「ミンスミート(挽き肉)作戦」だ。

作戦の失敗に学んだ
情報の「掴ませ方」

 第二次世界大戦中に英軍は何度か欺瞞工作を実行している。これは相手に偽の情報を掴ませ、相手の行動に変化を促す狙いがある。英国が最初にこの工作の標的として選んだのは日本軍であった。1942年2月に大英帝国のアジア拠点であるシンガポールを陥落させた日本軍は、さらに余勢を駆ってビルマ方面にも侵攻を開始した。これに慌てた英軍は、何とかインドに撤退するので精いっぱいであったが、その撤退作戦を支援するため実施されたのがエラー作戦だ。

 この時、アーチボルド・ウェーヴェル英インド方面軍司令官は、陸軍情報部のピーター・フレミング少佐に対して、迫りくる日本軍への対策を取るよう命じている。フレミング少佐は、『007』の原作者、イアン・フレミングの実兄で、ジェームズ・ボンドのキャラクターには、元冒険家であった兄ピーターの要素も加味されていたという。フレミング少佐は欺瞞工作によって日本軍の進軍を食い止める案を考え出し、インド方面の英軍守備隊が実際よりも強大であるという内容の書類を偽造した。4月30日、イラワジ川に架かるアヴァ橋のたもとで、ぬかるみにはまって動けなくなった英軍の車中に、この偽造書類が放置された。これは慌てた英軍将校が書類を置き去りにして逃げ出したという体裁で、進軍してきた日本軍がその書類を発見すれば進軍をためらう、という筋書きであった。

 ところが現在に至るまで、日本側にはそのような書類を発見したという記録は残っておらず、日本軍の侵攻にも影響を与えた様子は見られない。おそらく偽造文書は日本側に発見されなかったようである。エラー作戦はフレミングの思い付きの領域を出なかった素人工作であり、その作戦名からエラー(失敗)することが暗示されていたようだ。しかしこの作戦の失敗から、いかに確実に相手に偽造文書を掴ませるべきか、という教訓が得られた。そしてそれは次のミンスミート作戦で生かされることになる。


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