珍しくはない〝選挙前〟の外交
日本政府は、「一議員の立場で行われたと承知している。関与しない活動にコメントするのは控える」(4月24日、林芳正官房長官の記者会見)とそっけない、冷ややかともいえる反応ぶりだった。
しかし、元首相、自民党副総裁と大統領選有力候補者の会談に政府が関わりを持たないはずがない。官房長官発言はバイデン現政権に対する配慮からとみるべきだ。
首相が4月に国賓待遇で訪米し、バイデン大統領との会談、議会演説を通じて同盟の強化をうたいあげた直後だけに、先方が苦々しく受け止める向きもないわけではないだろう。しかしこうしたことは外交関係では必ずしも珍しいことではない。
1993(平成5)年、政治改革をめぐって宮沢喜一内閣(当時)に対する不信任決議案が可決、衆院解散・総選挙が行われた際、主要7カ国(G7)首脳会議出席のために来日したクリントン米大統領は米大使館で開いたパーティーに新進党の羽田孜党首(当時)、日本新党の細川護熙代表(同)らを招待した。
大統領は、「日本の政治システムも変わらなければならない」などと、自民党敗北を見越したような内政干渉発言をして日本側の反発を買った。この時の選挙では自民党が敗れ、細川氏を首相とする非自民連連立政権が登場しているから、クリントン大統領の判断の正しさが証明された格好となった。
投票前と後という違いはあるにせよ、2016年の大統領選で、トランプ氏がヒラリー・クリントン元国務長官を破った直後、安倍晋三首相(当時)は、各国首脳のトップを切ってニューヨークにトランプ氏を訪問、意見交換した。超大国とはいえ、就任前の次期大統領を現職首相がわざわざ訪ねるのは異例だった。
しかし、これを機に、安倍氏とトランプ氏は、強固な友情関係を築き、就任後の大統領は、その在任中、一貫して日本に対する圧力を控えてきた。安倍氏は当時を振り返って、「(対日批判をしていた)トランプ氏が当選した。信頼関係を築くためにはとにかく早く会うことが大事だと考えた」(『安倍晋三回顧録』中央公論新社)と語っているが、狙いを的中させた安倍氏の功績だろう。
麻生氏もこのあたりを意識して、安保、貿易、金融問題での日本の立場を幅広く伝え、トランプ氏の理解を得ようとしたようだ。
常識外れの言動、身内も嫌悪
しかし、トランプ氏が返り咲いた場合、次期政権と個別案件の処理だけに関係をとどめていいのか。一期目はシンゾウードナルドの関係で波風を立てずにいれさえすれば済んだが、時に常識外れとも映るトランプ氏の価値観、信念、政治信条が明らかになった今、それとどう向き合うかは重要だ。
トランプ氏の主義主張に賛同する人が少なくないのも事実だ。16年の選挙で当初の予想を覆して勝利、合衆国大統領の職を勝ち取った事実、今回の選挙戦でも復帰が取りざたされている人気ぶりがそれを示している。
米国民、有権者の判断であり、それ自体は尊重され、敬意を払われるべきだろう。各国首脳を見ても、ハンガリーのオルバン首相、ポーランドのドゥダ大統領らは熱烈な支持者だ。
しかし、トランプ氏の根本的価値観、政治姿勢が多くの人から支持されているかといえば、どうだろう。人種差別、女性蔑視といわれてもやむを得ない行動、発言は枚挙にいとまがない。
ごく一部を紹介すると、在任中の19年、非白人の女性下院議員らを「国へ帰れ」と罵倒、16年の選挙では不倫相手の元女優に日本円で2000万円もの口止め料を払い、黒人の有力下院議員の地元を「気色悪いネズミばかりのひどいところだ」といわれない中傷発言で攻撃した(19年)。