なぜ、このようなことが可能だったのか。新たなチェーンのオーナーとなったのはロシアの実業家、アレクサンドル・ゴボル氏だ。ゴボル氏は石炭産業から財を成し、その後ホテルやレストランチェーンに乗り出した人物として知られる。
ロシアメディアのインタビューに答えたゴボル氏は、マクドナルドとの交渉はアラブ首長国連邦(UAE)で極秘裏に行われ、約6万2000人の従業員の雇用を2年維持することや給与支払いなどを条件に、「格安」で事業を買収した事実を明らかにした。事業承継には、行政も協力を惜しまなかったといい、外資撤退の象徴的な事例であるマクドナルドの撤退を、〝成功裡〟に進めようとした政権の意図が強く感じられた。
ただ、マクドナルド側はロシア人従業員らの雇用を守るために、「格安」で事業をロシアに売り渡していた事実も明らかになった。国際的なトップ企業としての、従業員の雇用に対する強い責任感が窺える。そもそも、ロシアによるウクライナ侵略という事態に巻き込まれての事業売却であり、マクドナルド側には何ら責任がない。にもかかわらず、このような対応を行うことへの、懐の深さを感じた。ただ、一方でそのような配慮は、ロシア側の〝痛み〟も軽減していた。
わずか2円で稼ぎ頭のロシア事業を売却
同様の事象はほかの業界でも起きていた。フランスの自動車メーカー「ルノー」は2022年5月、ロシア法人の株式100%をモスクワ市に、さらに、保有していたロシア自動車メーカー最大手「アフトバス」の株式約68%を、ロシアの政府系機関に売却すると発表した。
売却額は非公開だったが、ロイター通信は関係筋の話として、それぞれ1ルーブル(約2円)で売却されたと報じている。
ルノーにとってのロシア事業は、同社のビジネスでフランス本国での事業に次ぐ規模を持ち、その売却は厳しい経営上の痛手となったに違いない。実際、ルノーは当初は、ロシア撤退には否定的な姿勢を見せていた。
ただ、ロシアにとどまろうとした姿勢をウクライナ政府が強く批判した結果、3月にはロシア工場の停止を決定した。ルノーはロシア事業の操業停止に伴い、22億ユーロ(約3500億円)もの評価損を計上すると発表した。ルノーもまた、事業売却をめぐり、約4万5000人とされるロシア国内の従業員の雇用を守るための措置だったと明かしている。
ロシア事業を停止した、アメリカの飲料大手コカ・コーラの製品を模倣した商品も相次ぎ登場したことも、世界中のメディアが報道し、話題となった。
ただロシア側は、事業の乗っ取りや、模倣品の生産を推奨するかのような動きすら見せていた。プーチン大統領は3月、ロシアが「非友好国」に指定した国の企業の意匠権や発明などを、ロシア企業が利用することを事実上容認する大統領令に署名した。ロシアが海外企業の権利をまったく重視していない実態が浮かび上がっていた。
連載第3回「【エアバッグがないロシア車】中国依存が高まり続けるロシア経済 撤退後の日産やマツダの工場では中露の自動車共同生産も」(7月8日公開)に続く