2024年7月6日(土)

プーチンのロシア

2024年7月4日

 開戦から2年以上が経過したウクライナ戦争。この戦争の趨勢を見極めるには、ロシア・ウクライナ双方の国民の「意思」を、注意深く見定める必要があります。
 開戦当初から西側諸国の厳しい制裁を受けることとなったロシア。その中で、ロシア国民は何を思うのか?2022年モスクワの様相をお伝えします。
*本記事は黒川信雄氏の著書『空爆と制裁 元モスクワ特派員が見た戦時下のキーウとモスクワ』(ウェッジ)の一部を抜粋したものです。

 「ロシアがデフォルト(債務不履行)するだと⁉ いつだ、一体いつ起きるんだ!」

モスクワの目抜き通り、「トベルスカヤ通り」。多くの店舗が閉鎖していた(筆者撮影以下同)

 国境警備隊員の男は突然、怒鳴るように私に問いただしてきた。その動揺ぶりに、こちらの方が逆に驚かされてしまった。

 2022年5月下旬、ロシアに入国した際の出来事だった。厳しい態度で「何を取材しに来たのか」と問いただした国境警備隊員に対し、「現在のロシアの経済状況を取材したい」と回答した。そして、会話の中で「ロシアは間もなくデフォルトする」との見方を伝えると、彼は突然狼狽した様子を見せたのだった。

 当時、ウクライナに全面侵攻し、金融制裁を受けたロシアがデフォルトすることは、海外メディアの記者から見れば規定路線の流れだった。

 このときロシアは欧米諸国の経済制裁を受け、ロシア中央銀行は、海外の中銀に預け入れていた外貨準備の約半分が凍結されたとみられている。外貨建て国債の利息や、元本の支払いをするにはこの外貨準備が必要で、そのためロシアは5月末にも、債務が支払えないデフォルト状態に陥ることが確実視されていた。

 制裁による外貨準備の凍結は、〝人為的〟にロシアがこれらの支払いを行うことをできなくさせる効果があった。実際には、ロシアは2022年6月に外貨建て国債についてはデフォルトに至ったものの、凍結された外貨準備を完全に失ったわけではなく、結局その後も国内向けの国債を発行することで、資金調達を継続することができた。

 ただ、そのような人為的なデフォルトの経済的な意義はともかく、国境警備隊員の男がうろたえたのは無理もないことだった。彼の脳裏には、1998年のロシアのデフォルトが引き起こした混乱がよぎっていたに違いない。ロシア人であれば、誰もが思い出したくない出来事だからだ。

1998年8月の悪夢

 1998年のデフォルトとは、どのようなものだったのか。

 1990年代のロシア経済の混乱は、前章で紹介したとおり悲惨な状況だった。高齢者は真冬でも路頭に立ち並び、野菜や家財道具などを売って糊口をしのいだ。その一方では、不透明な手口で国の資産を一手に集める〝ニューリッチ〟などと呼ばれる資本家らが現れ、そのようなあぶく銭を費やす場として、夜のモスクワにはカジノのネオンが所狭しと輝くようになっていた。想像を絶する貧富の差の拡大と、治安の悪化に人々は苦しめられ、エリツィン政権の支持率は凋落していった。これが、ソ連崩壊から1990年代半ばまでの動きだ。

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