筆者は2012年から10年以上、新聞社で柔道競技の担当記者だった。この間、阿部詩選手を何度も取材した機会があるが、あれほど乱れた姿を目にしたことがなかった。
阿部詩選手が敗れたのは、19年11月のグランドスラム(GS)大阪大会以来、5年ぶり。兄の一二三選手(パーク24)と兄妹で頂点に立った3年前の東京五輪を含めて無敗で突き進んできた。両肩の手術を乗り越え、圧倒的な強さを携えて再びたどり着いた五輪の舞台で、予期せぬ敗戦に、大会に懸けてきた思いが爆発したのだろう。
はたして、そんな姿は見苦しかったのか。筆者はそうは思わない。
次戦の選手への配慮を問う声もあるだろうが、24歳の大人があそこまで泣けるほど、悔しさがにじむ思いをした人がどれだけいるだろうか。無念さをこらえ、静かに畳を降りたとしたら称賛されたかもしれない。しかし、そうではなかった阿部詩選手が少なくとも、謝罪に追い込まれるほどのことではなかったと考える。
選手らが吐露する苦しい胸の内
陸上では、日本陸連が女子20キロ競歩代表の岡田久美子選手(富士通)と柳井綾音選手(立命館大学)がメダル獲得を目指して混合競歩リレーに専念するため、個人戦を辞退出場すると発表。柳井選手はこの後、自身のSNSに誹謗中傷の投稿を相次いで受けたことを明かし、X(旧ツイッター)上で「今回の20kmWの辞退の件ですが、たくさんの方から厳しい言葉に傷つきました。試合前は余計神経質になり、繊細な心になります。批判ではなく応援が私たち選手にとって力になります。批判は選手を傷つけます。このようなことが少しでも減って欲しいと願っています(原文まま)」と苦しい胸の内を明かした。
柔道女子57キロ級を制した出口クリスタ選手(カナダ)も自身の試合後、「コメント欄を見ていて悲しくなるし私が戦ってきた選手に対してあまりにも申し訳ないのでここにコメントさせて貰います。選手を庇いたくなる気持ちも分かるけどこういう所での不毛な争いは国や選手、色んな人を巻き込んでマイナスなイメージを植え付けるだけで得する人は誰一人としていないです。ネガティブな意見を持つな、って言っているのではなくて 他人が悲しくなるような言葉の矢をわざわざ放たなくてもいいんじゃないでしょうか。確かにしょっぱい試合ばっかだったけど、皆自分のベストを尽くしたわけで、畳に立った人達は互いにリスペクトしてベストを尽くしているのだから 応援してくれた皆様にもそうして貰えると有難い」と日本語と英語で抗議のメッセージを綴った。
五輪でのアスリートらへの誹謗中傷は、3年前の東京五輪でも問題となった。
批判の根底に、アスリートに対する偏見はないだろうか。いわく「子どものころから、スポーツしかしてこなかった」、「スポーツ選手としては一流でも、人間的には未熟」など……。そうであれば、錯誤も甚だしい。五輪に出場するほどのトップアスリートを見くびってはいけない。
データ解析力や豊富な知識に裏付けられた競技へのあくなき探求、豊かな発想力や感受性がなければ、超一流のパフォーマンスは生まれない。