トランプの狙い
ではなぜ、トランプはそんなことを言いだしたのか。トランプは世間に内在する不安を効果的に煽り、自分にとって好ましいように世論を動かしていくことに極めて長けていることを思い出す。例えばオバマを批判した時のことを考えてみよう。
最初の黒人大統領としてオバマに対して黒人が熱狂するのを、確かに黒人には違いないが、アメリカ人ではないという形で攻撃の対象としたのである。トランプはオバマの出生証明書を問題化することで、オバマを外国人化して、彼のアフリカ系アメリカ人性を薄めようとした。
つまり、今回も、ハリスの件の発言に、彼女に黒人票がいかないようにするにはどうするのが一番いいか、黒人が一丸とならないようにするにはどうすべきか考え、思いついたのが冒頭の発言となったのではないだろうか。インド系だとばかり思っていたとボケたような感じで語ったが、彼の頭は極めてシャープであったといえよう。
ハリスのアジア系でもあるという側面を強調することで、彼女の黒人性を薄め、そうすることで黒人コミュニティが一丸となってハリスを支持することを分断しようとしたのである。そこには、アジア系を嫌いな黒人もいるというしたたかな計算もあっただろう。
急激にボーダーレス化するアメリカ社会
いまアメリカ社会においてボーダーレス化が席巻しており止まりそうにない。以前のアメリカ社会では、イタリア系はイタリア系と結婚するなど、同じエスニックグループでの婚姻が多数を占めていたため、両親が同じエスニックグループの場合が多く、その場合、その子が何系であるかについて悩む必要はなかった。
ところが時代が進むにつれ、日系とアイルランド系が結婚したり、アフリカ系と中国系が結婚したりといった異なったエスニックグループによる婚姻が珍しくなくなり、子の民族的アイデンティティがいままでのように単純ではなくなってきている。既に国勢調査でもそれにあわせて人種民族の選択肢を複数回答可としている。
加えて、21世紀のアメリカ社会は多様化がますます進み、古い世代の多くのアメリカ人が考えていなかったような問題が生じている。子供のサマーキャンプの申込書には、生物学的性別の欄のほかに、どの代名詞で呼ばれたいかといった欄が存在する。生物学的性と共に性自認が重視されるのである。
白人男性のテレビパーソナリティが、そのような昨今の風潮を揶揄するために、自分が何者なのかは自認することで決まるならば「私は黒人のレズビアンだ」と言い出して、周りを当惑させたことも記憶に新しい。スポーツの世界では男性から女性に性転換したアスリートが女性の大会で入賞し、公衆トイレには、自分の性自認にそって男女どちらでも利用可能なものもある。もはや世の中は二分法では語れなくなりつつある。