ヒラリー・クリントンとトランプが争った2016年の大統領を思い出してみたい。最初の女性大統領になることを目指したヒラリーを応援したセレブには、マドンナ、ブルース・スプリングスティーン、レディー・ガガ、ビヨンセ、ボン・ジョビ、マライア・キャリー、エルトン・ジョン、ジェニファー・ロペス、マット・デイモンなど影響力のある人々が綺羅星のごとく並んでいた。それに比べてトランプ支持を表明したのは、スティーブン・セガールやジャン=クロード・ヴァン・ダムなどヒラリー陣営に比べると華やかさを欠いていた。
ヒラリーがトランプに世論調査でもリードしていたこともあり、数多くのスターに応援されたヒラリーを見た人々は、圧勝を確信した。しかし、そのようなハリウッド的浮かれ騒ぎを鼻白んでみいる米国人も多かった。ラストベルトなどに住む日々の生活に追われる人々にとっては、ハリウッドは遥か遠くの世界であり、そのような人々とばかり交流するヒラリーが、自分たちのことを本気で考えてくれるのだろうかと思わざるを得なかった。
今回の選挙でも同様の構図がみられる。トランプとハリスの討論会直後にハリス支持を表明したテイラー・スイフトをはじめとして様々なセレブがハリス支持を表明している。一方で、トランプは、様々なミュージシャンの楽曲を無許可で選挙運動に使用して、訴えられている。
トランプを笑いの種にする風潮
お笑いテレビ番組も寄ってたかってトランプを面白おかしく笑いのネタにしている。NBCのサタデーナイトライブでは、トランプのテレビコマーシャルに似せて、「メディアはトランプを悪く言っているが、本物のアメリカ人はどう言っているか」という問いかけに、素朴そうなアメリカ人たちが、トランプは「本物だ」、「仕事を増やした」、「国を再び偉大にした」などと笑顔で答える。ところがよく見るとそのアメリカ人たちは、腕にナチの腕章をしていたり、アイロンがけをしていたのが白人至上主義の団体の頭巾だったりするというオチで、笑いと拍手が起きる。
また、主要テレビ局には深夜時間帯にナイトショーを放送する文化があるが、そこでもトランプがやり玉に挙がっている。CBSのスティーヴン・コルベアショーでは、過去の大統領の等身大人形を飾る館の改装が行われたというナレーションに続いてその内部が映し出されると、ほかのすべての人形が正装する中、トランプだけがオレンジ色の囚人服を着せられている。
それぞれが業績を語る中、リンカーンが「奴隷解放宣言を制定した」と述べた次に、トランプは「私はポルノスターとセックスしてそれを隠すためにいろんなごまかしをした」と述べて、奉仕活動のためのごみ拾いに行ってしまい、そこに笑い声がはいるというものが放送された。むろんバイデンやハリスも笑いの対象となるが、トランプを題材とするものが数の上で圧倒的で、しかもどぎつい。
ハリスの副大統領候補であるティム・ウォルズがトランプのことを「ウィァード」(変な奴)と呼んだが、それはメディアでは問題化されなかった。これまでトランプは様々な少数者を侮蔑的に語ってきたことで散々批判されてきたが、トランプに対しては蔑称で呼んでもよいのかと不公平に感じた人もいたはずである。