2024年9月30日(月)

教養としての中東情勢

2024年9月30日

 同師はレバノンのシーア派教徒の中では圧倒的な人気を持つカリスマ的な指導者。同師が殺されたことで、ヒズボラが一段とイスラエルへの敵意と憎悪の炎を燃やすのは必至。「ヒズボラは退路を断たれたことになり、イスラエルに徹底抗戦する以外道はなくなった」(ベイルート筋)。

 今後はヒズボラがロケット弾攻撃などを激化させ、イスラエル軍がレバノンへ地上侵攻、戦火が一気に拡大し、イランや米国をも巻き込んだ中東戦争に発展する恐れさえ出てきたと言えるだろう。ネタニヤフ首相が一線を踏み越え、ナスララ師の抹殺を図ったのはなぜなのか。

米大統領選挙を人質に

 ネタニヤフ首相はこの同じ日、国連総会で演説し、ヒズボラとの戦闘を続行する決意を強調した。バイデン米大統領はそれに先立って、イスラエルとヒズボラに21日間の停戦を提案したが、イスラエルはそれを嘲笑うようにナスララ師を狙って見せた。米国は今回の攻撃を事前に知らされていなかったとされ、首相は米国の停戦提案を事実上無視した。

 ネタニヤフ氏がバイデン大統領を軽んじているのは、大統領の任期が4カ月を切り、すでにレームダック状態にあることが大きい。その背景には2つの思惑がある。1つは米国がイスラエルへの武器支援を止めることができないと高をくくっているからに他ならない。

 停戦を拒むネタニヤフ氏に圧力を掛けるため武器の供給を停止すれば、イスラエル支持のユダヤ系や保守系キリスト教徒の怒りを買い、後継候補のハリス副大統領が選挙で不利になってしまう。ネタニヤフ氏は大統領にこうした決断はできないと踏んでいる。「大統領選挙を人質に取っている」とも言えるだろう。

 もう1つは首相にとって戦争続行がどうしても必要だからだ。首相はガザ戦争が終われば、ガザの武装組織ハマスの越境攻撃を防げなかった責任を追及されて辞任せざるを得ない状況。ガザ戦争に終わりが見えたいま、ヒズボラを新たな敵対勢力として戦闘を続けようということだ。

 「ヒズボラの背後にはイランの存在があり、戦闘を拡大して米国を引きずり込むことを考えているのではないか。そうなれば、ヒズボラ壊滅ばかりか、宿敵のイランも叩くことが可能。ネタニヤフにとっては権力を維持できて一石三鳥だろう」(ベイルート筋)。

教訓を学んでいない

 だが、首相の思惑は「勝算なき賭け」だ。ヒズボラはハマスよりもはるかに強大だ。ベイルート筋によると、戦闘員5万人、「予備役」10万人で、保有するロケット弾、ミサイルは15万発にも上る。イスラエルの空爆を避けるため、レバノン側の国境一帯に地下トンネル網を建設、要塞化している。

 ヒズボラを国境付近から撤退させるには地上部隊の投入以外にない。イスラエル軍のハレビ参謀総長は最近、レバノンへの大規模空爆を「進軍の準備」とし、予備役2旅団を招集すると発表、レバノン侵攻が現実味を帯びている。しかし、侵攻が恒久的な解決につながらないのは過去の例が示している。


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