2024年11月7日(木)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2024年11月7日

 そのフルタイム職ということでは、シリコンバレーのテック系などを中心に景気の沈静化、技術革新が踊り場に差し掛かったことなどから、大規模なリストラが進んでいる。GAFAMに関しては、アップルを除いてリストラは一巡してはいるが、依然として新卒採用は非常に厳しい。

 またリストラされた人材の再就職はどうしても、上位への転職は難しくなる。その意味で、コロナ禍で知的産業の雇用はリモート勤務で守られ、企業収益も堅調であった4年前とは状況が異なる。

 これからインターンシップを通じた就活に進む学生や、リストラを経験した層など、若く高学歴なグループが抱える現状不満は急速に拡大していた。この動きに対して、ハリス陣営が適切なメッセージ発信ができなかったのは残念だ。

「物価」という不満を見誤ったハリス

 経済に関する不満といえば、より広範に渦巻いていたのが物価高への怨念とも言える感情である。アメリカの物価高の原因は複合的だ。まず、ウクライナ戦争を契機としてエネルギーのコストが上昇、高騰した運送費が価格に転嫁されている。重くて安い商品ほどこの影響は大きく、缶コーラなどはコロナ禍前の倍となっている。

 更に人件費の高騰がある。全国で最低賃金が上昇したことはダイレクトに価格に影響している。ファストフードを含む外食のコストは、コロナ禍前の150%から200%と顕著だ。

 また困窮する若者への同情からかチップ相場も高騰し、ニューヨークなどでは最低で20%、ヘタをすると25%などという状況になってきた。ハンバーガーに飲料をつけると昼食代が20ドル(3000円以上)というのが常態化している。これに鳥インフルによる卵の高騰、海運のコスト増なども上乗せされる中で、とにかく物価は「高止まり」している。

 この物価に関する現状不満は、もしかしたら今回の選挙を決定づけた一番の要因かもしれない。この物価に関しては、連銀のパウエル議長が瀬戸際の金利政策を続けることで、「景気を失速スレスレまで抑制し、物価を下げる」ことに成功しつつある。実際問題、ここ数週間、ファストフードでは大規模な安売りが定着、ガソリン代も沈静化、食品スーパーも値引きを拡大するなどの動きがあった。

 けれども、物価沈静化の実感は有権者には届かず、一方で景気をソフトランディングさせたための雇用の冷え込みについては敏感に反応したと言える。トランプ氏はこの流れを自陣営に有利なように誇張して訴えることに成功した。その一方でハリス氏は、生活実感の最新の肌感覚から乖離してしまったことが失速を招いたと言える。


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