2025年4月1日(火)

プーチンのロシア

2025年2月17日

①停戦後のウクライナの安全保障のかたち

 一つ目の焦点こそ最重要だ。ゼレンスキー大統領はこれまで何度も繰り返し、ロシア軍が再び、首都キーウなどに大規模軍事侵攻するのを防止する安全保障の枠組みを求めてきた。

 なぜなら、ウクライナ東部ドンバス地域の停戦を明記した14年9月の第一次ミンスク合意、15年2月の第二次ミンスク合意は完全に履行されず、22年2月に余力を蓄えたロシア軍の大規模侵攻を招いたという結果があるからだ。ウクライナ国民にとって、戦争は14年以来、11年間続いているという意識が根強い。安易な停戦スキームは、力を蓄えたロシア軍の再侵攻を招きかねないという危機感がある。

 北大西洋条約機構(NATO)加盟による集団安全保障の構築はウクライナが要求する最も強力な「力による平和」だ。しかし、プーチン政権にとってこれを受け入れることは「敗北」を意味する。

 プーチン氏は1時間30分に及んだトランプ氏との電話会談で、戦争の「根本原因」に対処することを求め、トランプ氏と合意に至ったという。この「根本原因」こそ、20世紀の東西冷戦終結後にもたらされたNATOの東進であり、プーチン政権はロシア国境付近に軍部隊を派遣しないとの約束をNATOが明確に違反したと認識している。

 これまでの戦闘で、ロシア軍兵士の犠牲は8万人以上に上ったとも調査されている。そもそもロシア軍部隊の戦闘は、ウクライナのNATO加盟を阻止する「自衛」のための戦いであり、ウクライナのNATO加盟問題については譲歩という概念は皆無と見ていい。

 こうしたことを背景に、米国側から妥協点を模索する重要な提案があった。ミュンヘン安全保障会議に出席するためドイツ入りした米国のピート・ヘグセス国防長官の発言だ。

 ヘグゼス氏は今後、構築されるウクライナの安全保障の形は第三次ミンスク合意であってはならないと述べた。そのうえで、①ウクライナのNATO加盟を否定しながら、②ウクライナの安全保障は「有能な欧州および非欧州の軍隊」によって支えられ、③この平和維持軍はNATOの任務ではなく、④米軍もウクライナに派遣しない――と語った。

 米国は今後、このラインを軸にウクライナの安全保障の形を探る交渉を続けるとみられる。ウクライナのNATO加盟を拒否しながら、米軍は派遣されず、欧州軍によってウクライナの安全が守られるというスキーム。トランプ政権が示すロシア・ウクライナ要求の最適化を図る案なのだろう。

 この提案も前途多難だ。ウクライナにとってはロシアに配慮したものと映るし、ロシアにとってウクライナに外国の部隊が駐留することは、当初、求めていたウクライナの中立化や非軍事化からは程遠い。ゼレンスキー大統領はさっそく英紙ガーディアンに「米国抜きの安全保障は現実的ではない」と語り、注文を付けた。

 ゼレンスキー氏はウクライナに駐留する軍部隊は10万~15万人規模が必要だと考えている。英国やウクライナに近接するポーランド、バルト三国はウクライナへの軍部隊派遣に前向きだが、これだけでは足りないとみている。

 停戦破りの散発的なロシア軍との戦闘も予想される。どうやってウクライナに駐留する軍部隊の兵力、装備をまかなうのか。欧州各国がそれぞれ、人的犠牲も含めた派遣に伴うコストを払う用意があるのか。予算措置も必要となり、各国政府は国民に説明責任を果たさなくてはならない。ただでさえ、戦争の影響で生活が苦しくなっている。ウクライナへの追加出費は相当の反発が出るだろう。

 一方で、ウクライナに今、兵力を投入しなければ、力を蓄えたロシアが今度は、欧州を攻撃対象に加えるかもしれない。そんな危機シナリオもある。昨年12月、ロシアのアンドレイ・ベロウソフ国防相は、ロシアが今後10年間で、欧州でNATO軍事同盟と戦う準備を整えなくてはならないと強調し、注目された。デンマーク当局は、今後5年以内にロシアがNATOに対して全面戦争を開始する可能性があると推定している。米国のシンクタンク戦争研究所も同様の分析をしている。

 時計の針が逆戻りしている。停戦が成立しても、ロシアとウクライナの対立構造は続き、ロシアの対欧米への敵対心は20世紀の冷戦時と同じレベルで維持されるかもしれない。中長期的な視野で見れば、ウクライナの安全保障の枠組みは、核大国でもあるロシアに対する欧州全体の防衛を図る試金石になりうるだろう。


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