ウクライナ軍、ロシア軍がにらみ合う接触戦には、朝鮮戦争の休戦協定で北緯38度線に用いられたような非武装地帯(DMZ)を設け、DMZ内をパトロールする平和維持軍を派遣する案も一部で検討されている。停戦違反を監視するために、ロシアとウクライナと第三者の代表者を含む「合同休戦委員会」のような組織も必要だろう。
しかし、国連安全保障理事会の常任理事国のロシアが戦争の当事国となり、戦火の拡大を制することができない国連の無力化が指摘されている中で、いったい、どの国家が国際監視のためのコストを払うのか?
ロシアにとっても、ウクライナにとっても、停戦や休戦が成立すれば、その時間を利用して再軍備を図り、再び戦火を交えようと考える強硬派・正義派の主張も両政権内でくすぶり続けるだろう。
両国を取材してわかるのだが、ウクライナ国民にとって、ロシアへの憎悪と怨恨は100年経っても拭えないレベルある。かたやプーチン政権やその後継政権にとっては、キーウに欧米の旗が翻る限り、その影響はロシア国内にじわじわと広がって、今度はソ連邦崩壊で経験したような国家存亡の危機につながるという独特の警戒感がある。
停戦にはさまざまな種類がある。パレスチナ自治区ガザで何度もあった一時停戦のようなものもあれば、戦争を集結するための長期的な停戦もあるだろう。
現段階では、トランプ氏がたびたび主張する「戦争終結」へと導く停戦監視システムについてはその想定シナリオも「生煮え」状態にあり、プーチン政権にもゼレンスキー政権にも双方の主張をのめないレッドラインが存在する。
米国や欧州だけでなく、中国やブラジルなど親プーチン国家がこうした停戦監視に乗り出してくるかもしれない。このシステムの構築にはかなりの時間を要するに違いない。
④ロシアへの経済制裁解除はありえるのか
プーチン大統領は24年6月、ウクライナでの停戦条件として、ロシアが併合したと主張する領土、つまりはヘルソン州、ザポリージャ州、ドネツク州、ルハンシク州4州からのウクライナ軍が撤退することを求めた。これは、最終的に交渉の結果として撤退を完了させる求めるのではなく、あくまで「和平交渉開始の条件」であって、ウクライナに高い条件を突きつけている。
これと同様に、プーチン氏がトランプ氏へ要求しているとみられるのが、対露経済制裁の解除だろう。ウクライナ側が主張する停戦条件をのむ代わりにそのバーターとして、プーチン政権が切り出すカードのような意味合いもあるだろう。
22年2月以降、ロシアに課してきた経済制裁の項目は多岐にわたる。国際的な経済ネットワークSWIFTからの排除、ハイテク製品の輸出禁止、ロシア産原油や鉄鋼製品などの輸入禁止、政権幹部や富豪「オリガルヒ」の資産凍結などが含まれる。さらに、ロシアの収入源を断ち切ろうと、G7諸国はロシア産石油製品の国際的な取引に上限価格を設定する措置も行っている。
制裁は効いていないとの指摘がある。実際、ロシアの23年の国内総生産(GDP)成長率は3.6%、24年は4.1%と算出された。ウクライナを支援する西側の圧力をものともしない。国内の混乱は見えず、経済も好調なのに、なぜプーチン政権が制裁解除を求めるのかということに疑問を持つかもしれない。
ロシアは今、欧米諸国との貿易が閉ざされ、その代わり、中国やグローバルサウス諸国との経済関係強化に乗り出して、資源輸出で国家収入を稼いでいる。得られた資金を兵器製造や兵力増強にまわし、継戦能力をカバーしている。
こうしたことを背景に、2024年のロシアの国防費はおよそ10.4兆ルーブル(約17.7兆円)にまで達し、国家予算全体の3分の1近くを占めるようになった。前年予算の2倍を上回る規模。そして、この数字はプーチン政権が表向きに発表しているだけで、裏の国防費を含めると、ロシアは今、軍事出費が突出して高い国家になっている。
軍需産業への財政出動によって多くの雇用が生まれ、賃金が上昇し、消費につながる、いわゆるトリクルダウン効果が生まれていることが好景気の主要因だ。戦争が終われば、このシステムの揺り戻しがやってくる。
つまり、この好景気は「砂上の楼閣」のようにいつか消える運命を持つのだ。砲弾や戦車を製造することを優先し、国民の生活に直結する教育・人材育成、新規産業創出、人口減少・地方再生対策など将来への投資を怠っている。「戦争の『麻薬』が切れるとき」(ロイター通信)、ロシアはじり貧になる。だからこそ、プーチン政権は戦争の出血を早期に止め、国家運営を正常に戻す手段である制裁解除を求めるのである。
しかし、一部の項目の制裁解除を停戦交渉のカードに持ち出すにしても、どんな分野を認めればよいのかの選定は難しい。制裁措置を実施している諸国でも、有利になる国、不利益を被る国が出てくるからだ。トランプ政権が「アメリカンファースト」を持ち出して、米国に有利な分野を強引に制裁解除すれば、これもまた方々から反発が出てくるだろう。
ウクライナにしても、経済制裁の緩和は、ロシアの国家収入を増やし、ロシア軍の再軍備化を促進するリスクを伴う。可能性は低いだろうが、ゼレンスキー政権が渋々、それを認めたとしても、延期されている大統領選挙が実施された際に、対露敵対路線をさらに強めようとする候補者が出てきて、ゼレンスキー氏が政権の座から降りなくてはならないケースも現実視されるだろう。
いずれにしても、まだ停戦交渉開始の初期段階では、対露制裁の解除については議論の主題にはなっていない。懸念されるのは、ウクライナ、欧州諸国抜きでトランプ氏とプーチン氏が「密約」を結んでいるケースだ。
米露での合意は「受け入れられない」
ドイツを訪れたゼレンスキー氏は15日、ミュンヘン安全保障会議で演説し、米露首脳会談を念頭に「ウクライナ抜きの決定は受け入れられない」と強調した。犠牲を止めるための一時停戦は成立するかもしれないが、戦争終結までには、ロシア、ウクライナ、米国、欧州のそれぞれの立場での「ちゃぶ台返し」も予想される。国際社会はその都度、脆弱さを露呈し、世界経済や国際秩序を麻痺させる不確実性がより増してくるだろう。
しかし、無辜の民が連日、亡くなっていく事態は防がなくてはならない。この試練を乗り越えなければ21世紀の平和は訪れない。日本の石破茂政権も今、国際舞台で何ができるかの有益な戦略を練り、平和主義の理念に基づいた責任ある行動を発揮すべきだろう。