バンスは昨年の米国大統領選挙中に、「ハイチからの移民がペットを食べている」との言説を繰り返した人物で、この程度の飛躍、歪曲は意に介さないのかもしれない。また、バンスはドイツにおいて主要政党がAfDとの協力を拒絶していること(いわゆる「防火壁」)も批判しているが、連邦議会選挙への干渉、ドイツの歴史の無視という点もさることながら、主要政党は「防火壁」を明確に主張した上で議会に選出されているのであるから、「防火壁」を直ちに反民主主義と断ずるのも正当ではない。
バンス演説の正当性
他方で、FAZやWSJが論ずるように、バンス演説には的外れではない指摘が含まれている。一つは、防衛支出をはじめとする欧州諸国の不十分な防衛努力である。この問題は2014年のクリミア併合やトランプ第一期の時から明確であり、ロシアによるウクライナ侵攻後の変化はあるものの、全体として欧州の取組みが不充分であったとの批判は免れない。
第二は、経済政策、特に欧州連合(EU)の規制問題で、EU自身が昨年9月のドラギ報告で「競争力強化」を打ち出したように、これまでの規制が「規制への熱狂」と指摘されるような弊害があったことを事実上認めている。
第三に、難民・移民の大量の流入(大きなきっかけは15年9月のメルケルの決定)であり、これが欧州諸国に大きな経済的、社会的負担となり、政治的には極右やポピュリストの台頭を招く要因となった。その後、欧州諸国も難民・移民により厳しい方向に舵を切り、一定の効果は挙がっているものの、まだ道半ばである。
「防火壁」は既に欧州の幾つかの国(ハンガリー、スロヴァキア、オランダ等)では崩れており、ドイツは「防火壁」を維持しているが、この問題に効果的に対処することなしに「防火壁」を維持すれば、難民・移民排斥を訴える政党だけでなく、そうした政党に投票した有権者を排除し続けることとなり、バンスが言うように民主主義的正統性が問われかねない。
いずれにしても、ウクライナ問題を始めとする安全保障、関税や規制緩和を含む経済問題だけでも既に対立しているところに、「価値」の議論まで加わったことで、米欧関係は一層困難なものとなりつつある。
まだトランプ政権発足から1カ月であり、トランプ以下の要人も一貫性、整合性には余り頓着せず発言しているように見受けられ、過早、過度に悲観的になることは控えるべきであろうが、上掲FT論説のように「米国との関係のderisking」の必要性が説かれるような事態は米欧関係、ひいては西側全体にとって深刻と言わざるをえない。