自分たちが屈辱を感じて生きているのは彼らのせいだというわけだ。トランプ大統領は、こうした「怨念」を巧みに政治的求心力にしてきたと言っても過言ではない。ここまでは比較的理解できるストーリーである。
製造業回帰を求めるも、そこでは働かない
しかしながら、その奥には一つのパラドックスがある。仮に製造業回帰に成功したとして、実際に21世紀のアメリカにおいて工場労働を希望する人材の層があるのかという問題だ。
MAGA(Make America Great Again〈米国を再び偉大にする〉)運動、つまりトランプ大統領の積極的支持者には、サービス業に従事して不満を抱えている現役世代に加えて、例えば製造業に一生を捧げて引退した年金世代もいる。アメリカから製造業が消滅した現実を見て、自分の一生が否定されたように思い、製造業が繁栄していた過去を「黄金時代」として懐かしむ層だ。もちろん、こうした年金世代には現役に戻る気は全くない。
また現役世代についても、サービス業従事者が21世紀の工場労働、つまりクリーンルームで複雑なロボットの管理をするような業務に馴染むとも思えない。それ以前の問題として、人件費と生産性の問題から競争力は全くない。つまり、製造業回帰をしたとして、その受け皿になる労働力は想定できないのである。
トランプ氏の側近で、今回の関税政策の推進役とされるピーター・ナバロ大統領上級顧問らは「そうなったらAIとロボットで乗り切る」などと言っているが、そこまで考えるのなら何も世界を敵に回して関税戦争をする意味は薄くなる。
それでもトランプ政権は「関税戦争」に突き進んでいる。現在行われていることは「リアルな大統領権限の発動」であり、「世界各国とのリアルな二国間交渉」である。その延長には「実体経済への影響」は不可避である。
もちろん、政権は株価の大暴落や深刻な不況を起こそうとは思っていないであろう。そのことは、政財界の大勢としては理解していると思う。けれども、今回の関税問題で動くカネの規模は途方もないわけで、仮に大不況となれば与党共和党は2026年の中間選挙で大敗し、現政権の求心力は雲散霧消してしまう。
そうは言っても無視できないのが、「製造業回帰を叫びながら、実際は製造業の労働力にはなり得ない層」の存在だ。彼らの存在は不気味である。なぜならば、現役世代でサービス業に従事して低賃金や不安定な雇用に悩む層は、深い「怨念」を抱えているからだ。彼らの深い現状への怒りというのが、現政権の政治的求心力になっているのであれば政権として安易な妥協はできない。
また支持者の中の年金世代の場合は、既に公的年金や年金貯蓄の払い出しなどで収入が保障されているので、大不況や株の暴落の影響を受けない。そのためもあって、製造業の運命に過去の自分の名誉を重ねたいという感情に歯止めが利かない面がある。政権としてはこうしたエネルギーも無視できないに違いない。
さらに言えば、現状に批判的な多くの経営者、民主党支持者などについては、現状に対して苦々しく思う一方で、このような「トランプ支持者の怨念」を理解しつつある。そのために、8年前の第一次政権の時とは違って、政権に対してストレートな批判を控える傾向が続いている。このことも問題を複雑にしている。