「私が『ジャングル大帝』の絵を担当していた頃は、『動物が体をどう動かすか知りたいなら上野動物園に行け』と言われる時代だった」
スタジオエルで作画指導を務めるアベ正己氏は笑いながら当時を振り返る。実に、アニメーター歴59年の大ベテランだ。
1961年に創業した同社は東京・中野区に拠点を置くアニメ制作会社だ。アニメーターが描いた絵に彩色する「仕上げ」という工程に必要な技術を武器に、作画などにもセクションを広げ、同業界を長年にわたり支えてきた。
アベ氏は「確かに、今のアニメの絵のレベルは相当高い」と言い、次のように続けた。
「ただ『上手いだけ』になっていないか、ということが気がかり。一方で、その作品でどんなメッセージを訴えたいのかという絵の〝奥行き〟が減ってきている感覚がある」
なぜ、そう思うのか。その背景に、アニメ産業を取り巻く大きな変化が透けて見える。
「今、日本では、1週間で約70話分のアニメが放送されているが、30分番組には5000~6000程度の動画(絵)が必要になる」(同)
気が遠くなるような数字である。国内の年間の新規アニメ制作本数は、2000年から21年間で3倍以上に増えている。しかし、アニメ業界は他業種と同様に人材不足の波に飲まれながら、一人ひとりにかかる負担も増え続けているのだ。
「原画や動画1枚あたりの単価やアニメの制作費は、以前に比べて上昇している。ただ、より複雑で緻密な絵が求められるようになり、1枚の絵に引かなければならない線の量も増えているが、それに比例する形で単価が上がっているとはいえない」
こう話すのは一般社団法人日本アニメーター・演出協会(以下、JAniCA)で代表理事を務める入江泰浩氏だ。
35年ほど前、入江氏が動画制作者だった頃の単価は1枚あたり100~110円程度だったという。それが「今は200円くらい」になっていると言うが、1時間あたり何枚描き上げられるのかと考えれば、安価であることに変わりない。
十分な収入が得られなければ、その業界に身を置き続けるインセンティブは働きづらい。日本総研調査部主任研究員の安井洋輔氏は「アニメーターの定着率の低さは、アニメ産業における中長期的な付加価値を毀損することを意味する。それこそが真の課題だ」と危惧する。
仕事の内容に見合った価格転嫁がなされずに、需要だけが爆発的に増加していく。この状況が続けば、目の前にある作品を仕上げながら、人材を育てるだけの余力は十分に確保できないだろう。
アベ氏は「作品制作の過程で新人に技術指導していたとしても、締め切りに追われれば、誰かが新人の絵を描き直して間に合わせるほかない」と本音を吐露する。
こうした制作現場の実情を聞けば、「絵の〝奥行き〟が減ってきている」という前出の言葉にもうなずける。