毎日新聞社の遠藤浩二記者は最新刊の『追跡 公安捜査』(毎日新聞出版)の中で、大川原化工機社による国家賠償訴訟の記者会見に出席したことから、この事件を追うこととなった。「大川原化工機事件」の警視庁による発表の内容自体は、内容の複雑性もあって各新聞社の報道は、2段ぐらいの扱いだったと振り返る。
NHKスペシャルのスクープから、「冤罪」の視点を得て、事件を追っていった。遠藤記者が取材の先に見出したのは、警視庁公安部の捜査は、この事件の過去に起きた「警察庁長官狙撃事件」(1995年3月)が未解決に終わった事案と共通性があると指摘している。
公安部が行った〝独自の〟法解釈
「大川原化工機事件」を立件するためには、捜査陣にふたつの大きな課題があった。ひとつは、「噴霧乾燥機」がそもそも軍事転用される輸出禁止の機械であるかどうか。経済産業省の省令による法的な解釈にかかっていた。次に、「噴霧乾燥機」自体が、生物化学兵器つまり液体を粉体にする能力と機能があるのか。
生物化学兵器をつくるには、作業員が粉体を吸い込んでは被害が出る。このため、日本も加入している「AG(オーストラリア・グループ)」の「生物兵器等の不拡散を目的とした国際的な枠組み」では、粉体を製造する装置が設置されたままで「disinfected」される機能を持ってはならない、としている。ところが、この「disinfected」の経産省の省令の訳では「殺菌」となっている。一般的には化学薬品を使って菌を殺滅する「消毒」が正しいとされる。
警視庁公安部が経済産業省に問い合わせたところ「殺菌」の殺滅の手段に定義がないことがわかる。公安部は独自の解釈をする。「乾熱殺菌」という概念である。熱風を吹き込めば「殺菌」の規制対象になるとした。
「大川原化工機事件」の捜査を担当したのは、公安部外事一課。課長の下に管理官(警視)、その下の第五係長、警部補を班長とする4班があった。捜査員は計約20人だった。NHK取材班が入手したテープは、雑音を消してかつ取材によって、日時と会話の主を特定している。
事件の内偵中の捜査会議の内容は――
警部補A 法律を定めた人(経産省)が「(解釈を)わからない」といっている結果に基づいて、ガサ(家宅捜索)をやったんですねっていう風に世間的にいわれるのは、ちょっと問題がある。
第五係長 そこまで(経産省)に念を押した方が無難は無難なんですけど、それを今度は向こうがびびんないかなと思って。
第五係長 (経産省の回答は)“分からない”とは書いてなくて“該当の可能性がある”と書いてあるんだから、これは大人の暗黙で。
警部A いやでも、向こう(経産省)としてはさんざん、「殺菌の定義がわからないから、これは判断できない」って言ってきて「警察が判断してくれっていうから、まあ、どっちとも取れない回答をした」と「警察がそれに基づいてガサしたのは、うち(経産省)は知りません」と。
第五係長 「すべて責任は、警察に投げる」とか、そんなんあるかな。そしたら、警視庁もメンツが潰れる。経産省もなにやっている。この法律論が何なのかっていわれちゃう。うち(警視庁)も攻撃するしね。経産省がそこまでやるなら。
