「もう我々止められないんじゃないですか」
立件が近づいた時点の捜査会議――外事第一課長、管理官、第五係長と捜査員との間に亀裂が入った。輸出禁止の項目に該当するのかどうかの法律論に加えて、公安部が考えた「乾熱殺菌」という熱風を「噴霧乾燥機」に吹き込めば、「殺菌」できるという理論が揺らいできたのである。
熱風を吹き込んで、吹き出し口の温度が100度以上になれば、この理論は正当だと公安部は踏んでいた。ところが、実験をしても100度には達しなかった。上司を除いた班長である、警部補たちの議論の内容である。
警部補B 暴走する場合はどうしますか? もう我々止められないんじゃないですか。
警部補Y そうしたら(我々では)持っていけない(立件できない)と言うことで係長名でやってもうらうということで。
警部補B なるほど、サボタージュするしかない、我々はね。
その後、2回目の実験が行われたが、95度までしか温度は上がらなかった。機械の出力をいっぱいに上げて焦げたような臭いが発生するまで、実験はやられてもだ。
警部補D もうふたり(管理官と係長)で話はできているみたいなんで。
警部補Y 係員全員で「それはできません」っていった方が。主任(警部補Y)がこうやって言ったほうが、管理官・係長もガクっとくる。
警部補D 「デスク(警部補Y)に割り切ってやってもらうしかない」とか、そういうことを言っているので。
警部補Z そもそも犯罪事実が立たないんだから。経産省を要はだまして、うその回答、そういうことをやって、令請(令状請求)にいくわけじゃないですか。……大変なことですよ。何やっているのか、わかっていないんですよ。ガサって犯罪事実が明確に立つから入れるんですよ。いろんな可能性がある中で、犯罪事実が立たないもの、今回もういらないって、もうむちゃくちゃですよね。狂ってますね。
しかし、翌日の捜査会議で捜査員たちが、大川原化工機に対する捜査方針の転換を求める訴えは実現しなかった。上司たちはすでに、強制捜査を念頭に置いていたからだった。管理官と係長との会話の録音がある。
管理官 課長が「規制対象の該当機だってみんな思っているか?」って言っていましたので「該当機です。みんな一生懸命頑張っています」といったが間違いだったのかな? 大丈夫だったのかな?
関係者は、証言する。
「皆やるきがあるというのはうそ。温度の問題にしても(上司と)闘うネタはそろっていた。上司に逆らってでも、捜査を止めるという責任があったが、その自覚がこのときはまだ甘かった」と。
