インバウンド観光政策の限界
日本政府と京都市は観光を経済成長の柱とし、インバウンド客誘致に力を入れてきた。ビザの緩和、プロモーション活動、言語対応など、外国人観光客への便宜は計られてきた。
だがその結果、市民生活との軋轢が生まれ、地域のバランスは崩れつつある。観光客のマナー違反、文化の無理解、生活空間への侵入が、市民感情を逆撫でしている。
観光客の「文化の表層」だけをなぞる旅
多くの観光客は、京都の文化や歴史を深く理解することなく、観光ガイドに載っている定番スポットをなぞるように訪れる。清水寺、金閣寺、伏見稲荷、祇園、嵐山、錦市場……。もちろん、そのことを否定しているわけではない。私も逆の立場であればそうしている可能性がある。ただし、それによって、いずれの場所も人であふれ、観光地化の波に飲まれ、もはや地元の人々が立ち寄る場所ではなくなってしまったという事実は否定できない。
運動靴に化繊のペラペラの着物を身にまとい、「平安コスプレ」のように都大路を歩く観光客の姿を見るたびに、私は胸が痛む。
もちろん、観光客で京都が賑わい、地元経済が活性化することは歓迎すべきことである。ただし、そこには、地元住民の「日常生活」がある、という視点も持つべきであろう。世界では、こうした課題にどのように対処しているのだろうか。最近訪れたヨーロッパの取り組みを紹介したい。
ロンドンに学ぶ観光と住民の「共存」
今年の6月に訪れたロンドンでは、観光と市民生活が明確に区分されていた。2階建ての観光バスやテムズ川のクルーズなど、観光客向けの交通網が整備され、混乱を避ける工夫が施されていた。
多くの観光施設はスマートフォンで事前予約が必要で、突然の混雑が生じにくい。システム化された観光政策が、市民にストレスを与えることなく、観光客も快適に過ごせるように配慮されている。
ヴェネツィアの「観光客税」と入域制限
今年1月に訪れたヴェネツィアでは、「日帰り観光客」向けに、入域税(デイ・トリッパー税)が導入されていた。クルーズ船で訪れる観光客など、宿泊しない訪問者から徴収する仕組みだ。
ヴェネツィアには年間約2500万人の観光客が訪れ、住民の人口はわずか5万人。観光客比率は実に500倍に達する。京都の39倍という数値も驚異的だが、世界にはさらに深刻な事例もある。とはいえ、ヴェネツィアが導入した制度は、京都にとっても応用可能なモデルである。
アムステルダムの分散化と環境税
6月に立ち寄ったオランダでは、空港での入国審査が非常に厳しく、観光目的であることを何度も確認された。観光客への選別が既に始まっているのだ。
アムステルダムでは、観光の一極集中を避けるために「分散化政策」がとられており、市中心部の過密を避けて郊外に誘導するルートが整備されている。また、環境税が観光施設や自然保護区に課され、清掃や保全に活用されていた。
サンセバスチャン、美食都市の成熟した観光戦略
そして今回、新たに注目すべき都市がある。スペインのサンセバスチャンである。私は6月にこの街を訪れたが、夏の観光シーズン真っただ中で、観光客でにぎわっていた。
サンセバスチャンの人口は約18万人、年間観光客数は約200万人。比率にして約11倍だ。京都ほどの極端さはないが、それでも小都市としては観光依存の側面が強い。近隣都市のビルバオ(人口約34万人、観光客数:約120万人)と合わせ、バスク地方全体が観光のバランスに細心の注意を払っている。
ここでは観光税(宿泊税)がホテル料金に自動的に上乗せされ、収益は街の清掃、案内システム、美観維持に還元されている。また、旧市街だけで約600軒のレストランが存在し、地元の食文化を軸にした観光が行われていた。大量消費ではなく、質を重視した観光の在り方がここにある。京都にとって大いに参考になる都市である。
