2025年12月5日(金)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2025年7月27日

「健康志向」製品の巨大市場

 日本では、砂糖に対する健康上の懸念が強く、これに応える巨大な市場が存在する。それは、「糖質、糖類オフ」市場で、1兆円に達する規模だ。これは「カロリーオフ」市場に匹敵する規模で、消費者の関心がカロリーから糖質・糖類へとシフトしていることを示している。

 この市場は、生活習慣病予防やダイエットといった消費者ニーズによって牽引されている。食品業界はこれに応え、エリスリトールやオリゴ糖といった機能性甘味料や代替糖を使用した製品が市場に導入され、血糖値対策のための「機能性表示食品」も成長している。

 日本人の6割は、砂糖の過剰摂取が生活習慣病や肥満につながることを認識し、半数以上が自身の糖分摂取に気をつけている。この高い意識が「低糖質」製品市場を支えているのだ。

日本の糖尿病パラドックス

 巨大な「糖質、糖類オフ」市場が存在し 、砂糖の過剰摂取が健康に悪いという意識も浸透し、砂糖消費量は先進国の中でも際立って低く、肥満率も世界で最も低い水準にあるという事実からすれば、日本の生活習慣病、特に2型糖尿病の有病率は著しく低いはずである。しかし、統計値を見ると欧米よりやや低い程度であり、最近は増加傾向にある。この「日本のパラドックス」とも言うべき矛盾の原因はどこにあるのだろうか。

 根源的な要因は、欧米人と比較して日本人のインスリン分泌能力が半分程度しかないことである。このため、欧米人であれば重度の肥満になるまでインスリン分泌は低下しないが、日本人は軽度の肥満でも低下するため、糖尿病を発症しやすいのだ。この「倹約遺伝子」とも呼ばれる体質が、飽食の現代において、糖尿病になりやすさの基盤となっている。

 第二に、欧米の肥満が皮下脂肪の蓄積を主とするのに対し、日本人はBMIが正常範囲内であっても、内臓の周りに脂肪が蓄積する「内臓脂肪型肥満」に陥りやすい。そして内臓脂肪は、TNF-α、IL-6など、何種類ものインスリン抵抗性物質を分泌するため、糖尿病のリスクを高める。

 実際に、日本の糖尿病患者の平均BMIは23であり、肥満の基準である25を下回っている。つまり、BMIという指標だけでは捉えきれない「隠れ肥満」が、糖尿病発症の引き金となっているのだ。

 さらに、「低糖質」製品の存在が、「砂糖の摂取は個人の選択であり、代替甘味料という解決策もある」という認識を社会に浸透させている。砂糖の問題は単なる「カロリー」だけではなく、「甘さ」そのものにもあり、砂糖より甘みが強い果糖の利用にもある(「砂糖は高カロリーで、肥満の原因なのか?」「「甘い物は別腹」、甘味が肥満の原因なのか?」)。

 「甘さひかえめ」の文化が浸透すれば問題は解決するはずだが、現実には、その効果は限定的であり、甘味やカロリーを制限するという基本的な食生活パターンに当てはまらない人々が存在する。結果として、健康意識が高く、洗練された低糖質市場を持つと思われる国で、男性では肥満が進行し、男女ともに必ずしも肥満を伴わない2型糖尿病が増加するというパラドックスが生じているのだ。


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