2025年12月5日(金)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2025年7月27日

 さらに、メキシコと比較して加糖飲料の消費量が少なく、所得水準が高いフランスの消費者は、多少の価格上昇が消費抑制につながらなかった。WHOは、効果を発揮するためには価格を少なくとも20%引き上げる税を推奨しているが、フランスの税はこの基準を満たさなかったのだ。

 ちなみに、日本の清涼飲料水市場は4.4兆円規模で、売上はコカ・コーラ(20.1%)、三ツ矢サイダー(12.9%)の順であり、両製品共に100㎖当り約11gという、英国であれば課税レベルの砂糖を含む。WHOは1日の摂取目安を25g未満としているので、300㎖ボトル1本で目安量を超える。売上第3位は糖質ゼロ、カロリーゼロのコカ・コーラ・ゼロ(10.5%)だが、同様の製品は、健康志向の拡大と課税などの規制を背景に、海外においても急成長を遂げている。

健康税では対処できない食塩のリスク

 食塩(ナトリウム)の過剰摂取は、高血圧の主因であり、心血管疾患、脳卒中、冠動脈性心疾患のリスクを著しく高め、世界では、年間189万人が食塩の過剰摂取で死亡している。WHOは、食塩摂取量の削減を、最も重要な公衆衛生対策と位置づけている。にもかかわらず、食塩は健康税の対象になっていない。そこには、いくつかの理由がある。

 最大の理由は、食塩は基本的な食品成分であり、これに課税することは広範な食品に課税することになり、特に低所得者層の食費を直撃する「逆進性が高い」政策という批判を招くだろうことである。また、製造業者は単にコストの上昇として受け止め、価格に転嫁するだけになり、製品の塩分量を減らすことにはならない可能性が高い。

 同様の論理で、WHOが推奨する課税の対象は砂糖そのものではなく、加糖「飲料」という「製品」に絞られているのだ。そのような理由で、食塩については課税ではなく、減塩商品の減税が有効と考えられる。

導入しない余裕があるのか

 たばこが依然として最も致死性の高い消費財であり、アルコールが広範な社会的コストを課していることと同様に、加糖飲料が助長する代謝性疾患の増大という脅威は、積極的な政策対応を必要とする、公衆衛生上の危機である。加糖飲料については、表面的な健康志向と「低糖質」製品市場が、代謝性疾患の増加を覆い隠している。そして、この「砂糖パラドックス」は、加糖飲料対策を、個人の選択と産業界の自主規制のみに依存することの限界を明確に示している。

 国際的なエビデンスは明白だ。英国の清涼飲料産業税をモデルとした、砂糖含有量に応じた物品税こそが、最も効果的な方法である。減塩商品の減税も有効と考えられる。

 これは単なる歳入確保や懲罰的な措置ではない。食環境を再形成し、企業の責任ある行動を促し、そして最も脆弱な立場にある人々の健康を守るための戦略的介入なのである。

 問われているのは、日本がこのような税制を導入する余裕があるのかではない。むしろ、導入しない余裕があるのかである。

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