2025年12月6日(土)

深層報告 熊谷徹が読み解くヨーロッパ

2025年7月30日

 欧州では、難民または不法移民と、合法的な移民に対する政府の対応は全く異なっている。ドイツ政府は憲法第16条の規定に基づき、戦争や政治的迫害などの被害者を、亡命者として保護する。ただし戦争や政治的迫害がない国からドイツに来た外国人に対しては、亡命を認めない。さらに欧州連合(EU)にはダブリン協定という規則があり、亡命希望者は最初にEUに入った国で、亡命を申請しなくてはならない。

ドイツは憲法で亡命申請権を保障している。2015年にミュンヘン中央駅に到着したシリア難民たち(筆者撮影)

 今ドイツなどEU加盟国が行っているのは、亡命資格がない外国人の受け入れ規制の強化や、亡命申請を却下されたり、犯罪をおかしたりした外国人の国外追放の強化などである。EU周辺部に亡命申請の審査を行うための外国人の収容施設を設置し、加盟国に基本的に入国させないようにすることも検討されている。

経済水準維持に移民受け入れは不可避

 一方EU諸国は、高い技能や学歴を持つ合法的な移民については、受け入れを促進する方針だ。その理由は深刻な労働力不足である。

 たとえばドイツ経済研究所(IW)が2024年10月に公表した研究報告書によると、この国では技能を持つ労働力53万人が不足している。23年から24年にかけては、ドイツ企業は10人の働き手を募集しても、4人分のポストを埋めることができなかった。

 ドイツ連邦統計局の予測によると、18年にこの国の就業可能人口(20歳~66歳の市民)は5180万人だった。連邦統計局は、35年には就業可能人口が18年に比べて最高11.6%(600万人)、60年には最高22.8%(1180万人)減ると予測している。

 このためドイツ政府は、この国の経済水準や社会保障制度を維持するには、合法的な移民を増やすことが不可欠だと考えている。政府は、毎年合法的な移民の純増数を40万人にすることを目指している。純増数とは、移住する外国人の数から、ドイツを去る外国人の数を引いたものだ。

 連邦統計局が22年に発表した、第15回人口予測調査の結果によると、20年の就業可能人口は5160万人。毎年の移民の純増加数が18万人の場合、70年の就業可能人口は4050万人になる。これは、就業可能人口が20年比で1110万人も減ることを意味する。

 これに対し毎年の移民の純増加数が40万人の場合、70年の就業可能人口は5090万人になる。つまり、就業可能人口の減少幅は、20年比で70万人に留まる。つまり、今合法的な移民の数を増やすことで、50年後の就業可能人口の減少のショックを和らげることができる。

 前のショルツ政権は、合法的な移民特に高い学歴や技能を持つ外国人の受け入れ数を増やすための措置を取り始めた。たとえば同政権は、専門職業人移民法を23年8月19日に改正した。

 この中で最も重要なのが、24年6月1日から、カナダの制度を見本にして、ポイント制度「チャンスカード(Chancenkarte)」を導入したことだ。

 これまで、EU域外の国の外国人にとっては、企業からの招聘がなければ、ドイツでの滞在許可や労働許可を得ることは困難だった。ドイツ政府はこの問題を解決するために、外国人がチャンスカードを取得すればドイツに1年間まで滞在して、仕事を探せるようにした。チャンスカードの判定基準は、学歴、職業に関する資格や技能の有無、外国での就労年数、ドイツ語と英語の能力などだ。

 また高学歴を持つ外国人に対して支給する滞在・労働許可ブルーカードについても、23年11月から条件が緩和された。たとえば20年には、EU域内で最低5万5200ユーロ(938万円・1ユーロ=170円換算)の年収を稼げることを証明できないとブルーカードを支給されなかった。23年11月以降は、この最低年収額が約18%引き下げられ、4万5300ユーロ(770万円)になった。IT企業の管理職、エンジニア、数学者、自然科学者、医師、教師など特に不足している業種では、最低年収額は4万1042ユーロ(698万円)まで引き下げられた。


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