2025年12月5日(金)

終わらなかった戦争・後編サハリン

2025年7月22日

 戦後80年を迎えたこの夏、命がけの旅路に身を投じる人々がかつてない水準に達している。

 ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルのガザ攻撃、ミャンマーやスーダンでの内戦の泥沼化――。国際シンクタンク・経済平和研究所によれば、国家が主体となった紛争は戦後最多の59件。新たに大規模紛争が起こる予兆も「戦後最悪」とし、さらなる戦火の広がりに警鐘を鳴らす。

 紛争の増加とともに故郷を追われた人の数は増え続け、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると昨年末時点で1億2320万人。10年前から倍増した。日本の総人口にも匹敵する人たちが家を失い、彷徨っている。

 平和が音を立てて崩れていくこの数年間、私は命をかけて境界を越えようとする人々の足跡を追ってきた。彼らが故郷を離れる理由は様々だ。戦争や内戦、民族対立、治安悪化、貧困。そして現状への絶望と未来へのかすかな希望。ある人は「難民」や「避難民」として保護を受け、またある人は密入国した「移民」として国境の外へ追い返される。

 だが、その理由や境遇にかかわらず、生きるために国境を越える人々の語る言葉の中には、どこか緩やかに共通する感覚が宿っているように感じていた。

 それを強く意識するようになったのは、ロシア軍の侵攻を受けたウクライナでの取材だった。

 2022年2月、大国が隣国に全面侵攻するという第二次世界大戦を思わせるような戦争が始まった。直後から、子どもの手を引いて逃れる母親たちが隣国ポーランドとの国境に押し寄せた。18歳から60歳の男性は原則出国が禁じられており、国境で家族が引き裂かれることになった。

 「子どもたちを、どこか、安全な場所に、連れて行くために、故郷を、離れざるを、得ませんでした」

 空爆下の故郷を逃れ、安全なポーランドの地を踏んだばかりの避難民リリア・プロトコ(34歳)は、たどたどしい口調でそう語った。傍らの8歳と10歳の息子たちの感情を失ったようなまなざしに、私は胸を射抜かれたような気持ちになった。

空爆下のウクライナ北部チェルニヒウから逃れてきたリリアと息子たち=2022年3月16日、ポーランド南東部メディカ(YUSUKE MURAYAMA以下同)

 このときの彼女たちの心情を知ったのは1年後、避難先を訪ねたときだった。車で4日間かけて送ってくれた前夫と国境のウクライナ側で別れた際、息子たちは「今まで見たことがないほど泣いていた」のだという。

 「父親にさよならを言うのが本当につらかったのでしょう。もう二度と会えないかもしれない。そう分かっていたんだと思います」

 流ちょうな英語でそう振り返った彼女自身は当時、空爆の恐怖で急性の吃音になっていたのだった。生活は落ち着いたが、残してきた母親のことばかり考えている。

 「母は『故郷を離れたくない』と言うんです。会いに行きたいのですが、一歩を踏み出す勇気がでません」

 母子たちの足取りには、死があふれていた。


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