筆者自身、イタリアで過ごした幼少期、「男の子ならサッカーをして遊ぶのが当たり前」という風潮に息苦しさを感じていたが、『美少女戦士セーラームーン』を見て、少女たちが凛々しく「変身」して戦う姿に勇気付けられた。他にも、『犬夜叉』、『エヴァンゲリオン』、『聖闘士星矢』など、多くの作品に自分を重ねてきた。キャラクター目線で現実の問題を見つめ直すことで、悩みにも自然と向き合えるのだ。
若者たちの悩みに寄り添う
日本の「アンチヒーロー」
創作物に描かれた物語を自分の物語に置き換えるためには、いかに作品に「没入」できるかが重要だ。ただ、ノンフィクションや実写映画などに見られるリアルで日常と近すぎる表現は対象者のトラウマを思い出させたり、抵抗感が生じやすい。一方、アニメはフィクションの中にリアリズムを溶け込ませることで、視聴における心理的ハードルを下げながらも、人間関係や愛、生死といった核心をつくテーマと向き合わせることができる。
中でも日本のアニメが効果的である最大の理由は、主人公が「アンチヒーロー」であることだ。欧米で描かれるヒーローは『スーパーマン』やマーベル作品に代表されるように、誰もが憧れるような分かりやすい「見た目」と物理的な「強さ」を兼ね備えている。
一方で、日本の主人公は最初から「ヒーロー」であるとは限らない。例えば、『新世紀エヴァンゲリオン』の主人公である碇シンジは、男らしい筋肉もなければ、精神的な強さを持ち合わせているわけでもない。だが、だからこそ、同じようにコンプレックスや脆弱性を抱えた人々が、シンジが苦しみ、葛藤しながら成長していく様に自分を投影することができる。
人々が「心のアンバランス」に対処するためには、何より「自分自身を知ること」が欠かせない。その時、喜びや楽しさのような「正の感情」に限らず、現実世界では否定的に捉えられがちな「負の感情」の存在を認めて、それらをもさらけ出している日本のアニメが、自分の悩みや感情をほぐす手助けになる。
現時点で物語療法の研究や臨床においては、いずれも既存の作品が活用されているが、その効果を最大化させるために、現在、筆者は予め治癒的な機能を有した作品を用いたサービスの開発を行っている。そこでは、対象者(ユーザー)がコミュニケーションを取る相手は、臨床現場の医師ではなく、AIによって自分自身の「物語」に適したキャラクターをプログラムされた「カウンセラー」である。
臨床型の治療において、若者は病院へ治療に行くという行為に対するハードルも高く、先述した時間の制約も付きまとう。ゲーム感覚で自宅でのケアができれば、若い世代を中心に、今まで「治療」としては手が届かなかった層にもアプローチができると考えている。
心のケアには継続と努力が欠かせないが、「良薬は口に苦し」といわれるように、「楽しむ」という要素は忘れられがちである。だからこそ、もっと気軽に、楽しむことができるアニメ療法の可能性を信じたい。(談)
