アニメによる治療──。そんなこと、非現実的だと思う人も少なくないだろう。日本では、かねてより、アニメは「文化」ではなく「娯楽」と認識されてきた。
今は当たり前に使われている「オタク」という言葉も、生まれた当初は蔑称としての意味合いの方が大きく、アニメに没頭することは現実世界からの〝逃避〟と見なされてきた。だが、そのアニメは現代社会が抱える問題を解決する可能性を秘めている。
厚生労働省の調査によれば、10歳から39歳までの死因第1位は「自殺」であり、「15~19歳」、「20~24歳」、「25~29歳」の年齢階級においては、死因の半数以上が「自殺」となっている。日本の若者の自殺率は主要7カ国(G7)で最も高い。
筆者はイタリアと日本で精神科医の経験があるが、日本人は総じて「自尊心」が低い傾向にあると感じる。また、他者に対する過剰な配慮によって、助けを求めようとせず、悩みを抱え込んでしまう傾向がある。
他人と接する状況で強い不安や恐怖を感じる「対人恐怖症」が、社会精神医学の用語で「Taijin kyofusho」と記載され、日本や韓国特有の病気と認識されているのがその証左だろう。
さらに、日本の精神科医療における構造上の課題もある。欧米では診察時間にゆとりがあり、「会話」が治療の基本となるが、日本では経営的観点から患者1人あたりの診療時間が限られてしまうため、治療は薬物療法主体にならざるを得ない。しかし、「薬」による治療が必要なのは重度の症状が出ている段階であり、多くの場合はその前段で対処ができる。
こうした悩みを感じたときや、心のバランスを崩し始めたときにこそ、「アニメ療法」が有効である。
アニメ療法について、筆者は「フィクションの要素を持ちながら人間の葛藤、身体的、精神的、関係的、社会的苦悩をリアルに描く作品の鑑賞を通じて精神の治癒効果を狙う療法」と定義している。つまり、その対象にはアニメに限らず、ゲームやマンガ、小説などの物語作品も含んでいる。
アニメ療法の考え方の根底の一つである「物語療法(ナラティブセラピー)」は1970年代に始まる。対象者の物語について、「問題」を対象者自身から切り離し(外在化)、代替となる物語を提案することで、心理的な問題を解決していくという治療法である。
例えば、「職場の人間関係」に悩んでいる人の中には、「自分は嫌われている」という物語が出来上がっている場合がある。「問題」を自分から切り離して「どんな人が嫌いか」を客観的に捉え、自分がそうではない場合を考えることで、嫌われている自分「以外」の自分が存在するという新たな物語を認識させるのだ。
この代替となる物語について、筆者は「創作物」を提供することによって、対象者は他の可能性を想像しやすくなると考えている。そして、最も効果的な「創作物」として日本のアニメ、もしくは日本アニメ的世界観を有した作品を用いることを提案したい。
