2025年12月6日(土)

深層報告 熊谷徹が読み解くヨーロッパ

2025年10月14日

 保守系日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)のルーベン・ゲレツィコフ記者は9月27日付紙面で、「これまでドイツでは、反ユダヤ主義的な発言は隠れた形で、あるいは間接的に行われていた。だがフレンスブルクとフュルトの事件は、人々が堂々と反ユダヤ主義的な発言を行ってはばからなくなったことを示している」と危機感を表明した。物陰に潜んでいた反ユダヤ主義が、顔を表わしたというのだ。

 欧州のユダヤ人差別は、中世から存在する。筆者もドイツに来た1990年以来、プライベートな会話の中で、「私はユダヤ人が嫌いだ」という発言を何回か耳にしたことがある。しかし、そうした発言が、公衆に見える貼り紙のような形を取ることは滅多になかった。

蘇るナチス時代の記憶

 これらの貼り紙は、1930年代にナチスの突撃隊が「この店はユダヤ人が経営している。ここで買い物をするな」という張り紙をユダヤ人の店に貼ったことを思い出させる。また35年にドイツの公園で撮影された、「このベンチにはアーリア人しか座ってはならない」という表示にも似ている。

ドイツに住むユダヤ人の間では、反ユダヤ主義の高まりについて不安が強まっている。写真はミュンヘンのユダヤ教の礼拝施設(シナゴーグ)(筆者撮影)

 当時ナチスは、非ユダヤ人をアーリア人と呼んで、ユダヤ人と区別した。ドイツでは34年以降、ユダヤ人が映画館、図書館、プール、商店、レストランなどに立ち入ることが禁止された。ドイツに住むユダヤ人の間では、フレンスブルクとフュルトの事件を聞いて、「1930年代のユダヤ人迫害も、こうやって始まった」という不安の声が聞こえる。

 反ユダヤ主義は欧州の他の国でも強まっている。今年5月には、イタリアのナポリで、レストラン経営者がイスラエル人観光客を店から追い出した。7月には、イスラエル人観光客を乗せた客船が、ギリシャの港での抗議デモにより、入港を阻まれた。

 9月上旬には、ベルギーのゲントで開催された音楽祭の主催者が、イスラエル人が指揮者を務めるドイツの交響楽団の参加を断った。主催者は「イスラエル人指揮者がガザ戦争についての意見を書面で提出してほしいという我々の要請を断ったから」と説明している。ベルギーの首相はイスラエル人指揮者との連帯を表明し、音楽祭の主催者を批判した。

 同月下旬にはイタリアで行われた自転車競技に、イスラエル人のチームが参加を拒まれた。主催者はその理由を「パレスチナ支援デモなどのために、参加者の安全を保証できないから」と説明した。


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