筆者がドイツに来た35年前には、フレンスブルクやフュルトのように露骨なユダヤ人差別は考えられなかった。この国を長年にわたり律してきたタブーが、破られつつある。
イスラエル政府を批判しても、差別は許されない
国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、ガザでの死者数は6万5000人を超え、重軽傷者数は約16万7000人に達した。約2万8000人の子どもが栄養失調の状態にある。
ネタニヤフ政権に率いられたイスラエル軍が、ガザで6万人を超える市民を死亡させていることは、糾弾されるべきだ。しかしイスラエル政府の行為のために、ドイツに住んでいるユダヤ人を差別、攻撃するのは的外れである。ドイツのユダヤ人組織の間では、「ネタニヤフ政権の政策について、我々が非難されるのは不当だ」という意見が強い。
ドイツ政府は反ユダヤ主義を批判し、ユダヤ人を狙った犯罪を厳しく取り締まる方針を明らかにしている。
フリードリヒ・メルツ政権は、ナチス・ドイツが約600万人のユダヤ人を虐殺したことへの反省から、「イスラエルの安全確保は、ドイツの国是」という原則を持っている。しかし今年に入ってドイツの態度にも小さな変化が見えてきた。
8月8日にメルツ首相は、「イスラエル軍がガザで使用する可能性がある軍事物資の供与を停止する」と発表した。これはイスラエルのネタニヤフ首相がガザでの軍事行動を拡大する方針を明らかにしたことへの抗議だった。
メルツ氏は、「ガザでの軍事行動を拡大することの目的や意味が、我々には理解できない」と述べた。ドイツ政府がイスラエルに対して、部分的な武器禁輸に踏み切ったのは初めてであり、両国の関係史の大きな分岐点だ。
だがドイツはパレスチナ国家の承認や、欧州連合(EU)による対イスラエル制裁への参加には、消極的だ。ドイツの前の世代が絶滅収容所で多数のユダヤ人を殺した記憶は、今も多くのドイツ人たちの心に重くのしかかっている。
ドイツ政府は「ネタニヤフ政権に対する批判は許されるべきだが、ユダヤ人差別は許されない」という姿勢を取っている。一方では、イスラム教徒が多い国から「ドイツはガザで殺されているパレスチナ市民の運命には無関心なのか」という批判も強まっている。
ガザ戦争の停戦は発効したが、ドイツ政府が国内での反ユダヤ主義の高まりを抑えられるまでには、まだ時間がかかりそうだ。
