2025年12月14日(日)

BBC News

2025年12月13日

インドネシア・スマトラ島のタパヌリ県に生息するタパヌリ・オランウータン

ナヴィン・シン・ハッカ環境担当編集委員(BBCワールドサービス)

インドネシアの北スマトラ州の森林で異例の静けさが続いており、野生生物の専門家や保護活動家が懸念している。

バタン・トルの山岳地帯の森林は、世界で最も希少な類人猿、タパヌリ・オランウータンが常に目撃され、鳴き声が聞かれてきた場所だ。

しかし、11月25日にサイクロン(熱帯低気圧)「セニャール」がスマトラ島を壊滅させて以来、極めて危機的な状況にあるタパヌリ・オランウータンの姿が確認されていないと、保護活動家は述べている。

その姿が見えないことから、この大型類人猿が洪水や地滑りで流されたのではないかという憶測が広がっている。一方で、動物が安全な場所へ移動した可能性を信じる声もあるが、オランウータンとされる死骸がこの地域で見つかったことが、保護活動家の不安を強めている。

タパヌリ・オランウータンは現在、800頭未満しか残っていない。そのため、どのような損失も、その種に深刻な影響を与えると保護活動家は語っている。

人道支援活動家らはBBCに対し、今週初め、タパヌリ県中部のプロ・パカット村で、泥や丸太のがれきに半ば埋まったオランウータンの死骸を発見したと語った。

この地域で人道支援チームと共に活動しているデッキー・チャンドラ氏は、「最初に見たとき、何なのか確信が持てなかった。顔が損なわれていた。おそらく泥や丸太の下に埋まっていたからだ」と、述べた。チャンドラ氏は以前、タパヌリ・オランウータンの保護活動に携わっていた。

「過去数日間に人間の遺体をいくつも見てきたが、野生動物の死骸はこれが初めてだ」とチャンドラ氏は語った。「動物たちはかつて、果物を食べるためにこの場所に来ていた。しかし今では、ここがその墓場になったように見える」

チャンドラ氏はBBCに死骸の写真を共有した。写真の中には、同氏が死骸と一緒に写っているものも含まれていた。

この地域で活動する保護活動家は、この死骸が2017年に発見されたばかりのタパヌリ・オランウータンだと考えている。他の2種はボルネオ・オランウータンとスマトラ・オランウータンだ。

11月下旬にサイクロン「セニャール」がインドネシアの一部を襲って以来、豪雨や洪水、地滑りによって900人以上が死亡している。数百人が依然として行方不明で、スマトラ島の多くの村が嵐によって完全に破壊された。

ブルネイにある環境コンサルタント「ボルネオ・フューチャーズ」の代表を務めるエリック・メイヤール教授は現在、人工衛星画像を用いて、災害がオランウータンに与えた影響を調査している。

メイヤール教授によると、山の斜面にある4800ヘクタールの森林が地滑りで破壊されたことが確認できるという。しかし、画像の一部は雲に覆われているため、初期の観測では破壊面積を7200ヘクタールと推定している。

「破壊された地域には約35頭のオランウータンが生息していたはずで、破壊の激しさを考えれば、全滅していても驚かない。これは、個体群にとって大きな打撃だ」とメイヤール教授はBBCに語った。

「2週間前には原生林だった場所が、人工衛星画像では土が完全に露出している。完全な破壊だ。数ヘクタール規模の区画が完全にはげ上がっている。嵐が来た時、森の中は地獄のようだったに違いない」

メイヤール教授は、チャンドラ氏が共有したオランウータンの死骸の写真を自分も見たと述べた。

「私が衝撃を受けたのは、顔の肉がすべてはがれていたことだ」と教授は語った。「数ヘクタールの森林が巨大な地滑りで崩れれば、力強いオランウータンでさえ無力で、ただ押し潰されるだけだ」

この地域で霊長類の保護活動に取り組むオランウータン情報センターの創設者、パヌト・ハディシスウォヨ氏は、死骸が見つかったことから、濁流や地滑りが生息地を襲った際に、一部のタパヌリ・オランウータンが逃げられなかった可能性が極めて高いと述べた。

スマトラ北部のアチェ州では先週、同様に絶滅の危機に瀕しているスマトラゾウの死骸が洪水に流されていく写真が、ソーシャルメディアで拡散した。

スマトラ島には、スマトラトラ、ゾウ、サイなど、さまざまな絶滅危惧種が生息している。

しかし保護活動家によると、タパヌリ県の山岳森林の広範囲が大規模な地滑りに見舞われたため、オランウータンやテナガザルなどの霊長類に対する懸念が特に強いという。

一部の住民は、霊長類は災害が襲う前に危険を察知して逃げたに違いないと語っている。しかし、そうではなかった可能性を指摘する霊長類の専門家もいる。

タパヌリ・オランウータンの研究を行ってきた英リヴァプール・ジョン・ムアーズ大学のセルジュ・ウィッチ教授(霊長類生物学)は「豪雨の際、オランウータンは木に座るか、枝や葉を集めて傘代わりにし、雨が止むのを待つだけだ」と述べた。

「しかし今回は、雨が止んだときにはすでに遅かった。生息地の一部だった谷の斜面が地滑りで消滅している。ということは、オランウータンもその影響を受けたはずだ」

最近の洪水は、スマトラ島にある複数のオランウータン研究センターにも被害を与えている。その中にはアチェ県にある世界初のオランウータン研究センター「ケタンベ」も含まれている。

スマトラ・オランウータン保護プログラムの科学ディレクターを務めるイアン・シングルトン博士は、ケタンベのセンターは現在ほぼ完全に破壊された状態だと述べた。

「この地域の森林とオランウータンを守る役割を継続できるよう、できるだけ早く再建する必要がある」

(英語記事 Fears grow that world's rarest apes were swept away in Sumatran floods

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/cj388r1m17eo


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