Wedge REPORT

2014年7月3日

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杉山大志 (すぎやま・たいし)

IPCC第5次評価第3部会報告書 統括執筆責任者

1991年東京大学理学部物理学科卒業。93年東京大学大学院工学研究科物理工学修士了、(一財)電力中央研究所入所。国際応用システム解析研究所(IIASA)研究員、国際学術会議科学執行委員、京都議定書CDM理事会パネル委員、産業構造審議会専門委員、IPCC第四次評価第三部会及び統合報告書主著者を経て、現職。(一財)電力中央研究所上席研究員。

 実際にどんな論文があるのかと思って本文を見てみると、温暖化がおきると、熱帯でとうもろこしや小麦の収量が下がる、というような論文が多数含まれている。もともと涼しい地域で発達したとうもろこしや小麦などの穀物は、熱帯で、しかも温暖化すれば、収量が下がるのは当然だろう。実際、米については熱帯でも収量が減らない。これらの論文を一緒くたに扱って件数だけ数えて、温暖化は悪影響のほうが好影響より大きいなど結論をしている。これは明白な誤りである。

5.おわりに

 地球温暖化の影響評価については、温暖化以外の方法で人為的に環境が大規模に改変されてきたという歴史や、人間の適応能力の高さを考慮して、リスクを冷静に評価しなければならない。だが筆者の見る限り、今回の環境影響報告ではこれはなされていない。第2部会の統括執筆責任者を務めながら最終段階で脱退したRichard Tolが、「WG2(第2部会)は温暖化の悪影響ばかり強調して、警告を発することにばかり熱心だ」と批判している。筆者は彼の発言全てに同意するわけではないが、この点については当たっていると思う。

 筆者は、いまのところ、人々がもつ温暖化の悪影響への懸念とは、実体としては、「世界が人間によって作り変えられてしまう」という概念への、審美的ないし心情的な嫌悪感ではないかと思っている。

 この場合、どんなに科学的不確実性が大きくても、問題ははっきりと存在する。人は誰しも、慣れ親しんだ風景に愛着があり、それを喪失すること、あるいは喪失するかもしれないと考えることすら、耐えられないほど嫌なことであり、しばしばうつ病などの形で人々の健康を害することさえある。病気にまでならない場合でも、このような人々の気持ちは大切にしなければならない。そしてそれは、温室効果ガス排出を削減して温暖化の悪影響を緩和するための、正当な理由にもなる。政治や行政も、そのような人々の心情への配慮を忘れてはならないだろう。

 しかしだからといって、科学的知見をまとめる役目のIPCCまでもが、人々の心情に寄り添おうとして、科学的な知見を正確に提供するという役割を果たさなくなってしまっては、かえって適切な温暖化対策を妨げてしまうことを危惧する。科学的知見のとりまとめを責務とするIPCCに重大な落ち度があれば、IPCCへの懐疑論が沸き起こり、ひいては温暖化問題が存在すること自体への懐疑や、温暖化対策を実施することへの政治的支持の低下にも繋がっていくからである。

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