2026年2月19日(木)

勝負の分かれ目

2026年2月19日

 世界歴代最高となる158.13点をマークする会心の演技。リフトはすべて最高難度のレベル4と本来のパフォーマンスを取り戻しての大逆転劇だった。

 三浦選手が「昨日(SP)の失敗から、自分たちのできるすべて出し切ることができた。そこが本当にうれしい」と声を弾ませ、木原選手も「諦めなかったことがよかった」と大粒の涙が止まらなかった。

五輪出場も長らくなかった

 五輪のフィギュアスケートは男女とペア、アイスダンスの4種目が実施されているが、日本の歴史を振り返ると、男女とカップル競技の2種目では人気にも、競技レベルにも大きな差があった。

 潮目が変わったのは、ソチ五輪での団体戦実施だった。男女で世界トップレベルの実力を持つ日本が、フリーへ進むための上位5チームに入るには、ペアとアイスダンスの底上げが不可欠だった。

 アイスダンスには10年バンクーバー五輪から出場していたキャシー・リード、クリス・リード組がいたが、ペアは見当たらなかった。

 ペアはスロージャンプやリフトなどダイナミックな技の練習に危険が伴い、リンクを貸し切って練習する必要もある。そんな練習環境を日本で見出すことは困難だった。何よりも、男女が一緒に滑る2カップル競技は日本の文化になじみにくいとされ、五輪出場も98年長野五輪を最後にから遠ざかっていた。

 ソチ五輪を前に、日本のペアを牽引していたのは、高橋成美、マービン・トラン組だった。

 海外を拠点に練習をしていた2人は12年の世界選手権で銅メダルを獲得。しかし、トラン選手はカナダ国籍だったため、日本代表として五輪に出場することができなかった。国籍取得に必要な居住年数なども満たしていなかった。

 トラン選手を何とか日本代表として五輪に送り出すために、自民党のスポーツ立国調査会では、国籍変更の特例が議題に取り上げられたこともあった。

 そんな中で、日本スケート連盟がカップル競技の選手育成を目的に行っていたトライアウトをきっかけに、男子シングルから転向したのが木原選手だった。木原選手をペアへ勧誘した日本スケート連盟の小林芳子・強化副部長は今回、ミラノで報道陣の取材に「(木原選手は身長174センチと)体が大きく、誠実」とポテンシャルと女子選手と組む上での人間性を評している。


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