タン君は業者の日本語学校で授業を受けつつ、留学先が見つかるのを待つことにした。そんなとき、業者の担当者からこんな提案があった。
「日本に行っても、すぐにアルバイトが見つけるかどうか知れない。ウチで仲介者を紹介するけど、どうする?」
タン君は興味を持った。日本へ行ってもベトナムの家族からの仕送りなど望めない。学費や生活費は自分で稼がなければならないのだ。
住み込みで新聞配達
休みは、月1回の新聞休刊日だけ
担当者を通じてバイトを仲介してくれるというブローカーと会った。ブローカーによると、バイトは「新聞配達」だという。ベトナムにはない仕事で、タン君にはイメージが湧かない。そんな彼に対し、ブローカーはこう告げてきた。
「バイクで配達するだけの簡単な仕事だ。新聞販売所がアパートを提供し、おまけに日本語学校の学費も支払ってくれる」
タン君は新聞配達のバイトを引き受けることにした。
送り出し業者には、ブローカーへの紹介料20万円を含めて約110万円を支払った。その中には留学先となる日本語学校の半年分の学費も含まれている。学費は販売所が負担するはずだったが、半年分だけは自腹だと告げられ従った。すべて借金に頼ってのことである。
そして24年4月、タン君は来日した。外国に行くのも、飛行機に乗るのも初めての経験だった。
来日後は、千葉県内の新聞販売所に住み込みで働くことになった。真夜中に起き、午前1時から5時過ぎまで朝刊を配達する。その後、電車で30分ほどの日本語学校で午前中授業を受ける。そして授業が終わると販売所に戻って夕刊を配達する――。睡眠時間はわずか3時間という過酷な生活だった。
