2026年6月13日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2026年6月3日

「知政学」の予兆

 台南生まれだが、一家のルーツは浙江省にある。一家を挙げてタイに移住したのは彼が5歳の時。4年後の1973年、実兄と共にケンタッキーの叔父の許に送られ、地元の全寮制学校に学んでいる。

 同校で学ぶ華人系生徒は兄と2人のみ。学費は潤沢だったわけでもなさそうで、アルバイトもする一方で、卓球に励んだようだ。

 ここで兄弟がケンタッキーに落ち着く前後の台湾を襲った国際環境の激変を思い起こしてみたい。当時の台湾が陥らざるをえなかった国際政治上の苦境が、回り回って台湾生まれの黄仁勲少年を「世界のAI戦争における唯一の武器商人」に大飛躍させる原動力となった、と考えるからである。

 彼が9歳で訪米する前の71年10月、台湾(中華民国)は国連を脱退し、国際社会における公式チャンネルを失う。第二次世界大戦の5大戦勝国の1つとしての地位を失い、中国大陸の東に近接する資源のない小さな島国として生きていく運命を背負わされたのである。

 それから4カ月が過ぎた72年2月になると、今度は「ニクソン・ショック」が襲う。電撃訪中を果したニクソン大統領を毛沢東が中南海の私邸、しかも書斎に招き入れ、両国の友好を内外に大々的にアピールした。昨日の敵は今日の友。世界が想像すらしていなかった米中両首脳の直接対話が劇的に実現してしまった。

 台湾生まれの幼い兄弟が異国での慣れない生活を始めた頃、アメリカのみならず日本までもが共産党政権に急接近したことで、当時の台湾は疾風怒濤の真っ只中に放り出されてしまう。かくて台湾は官民挙げた必死の生き残り策を模索することになる。

 今や世界の先端技術・ビジネスをリードする台湾積体電路製造(TSMC)の張忠謀(モリス・チャン)、鴻海科技集団(フォックスコン、富士康)の郭台銘、広達電脳(クアンタ・コンピューター)の林百里、宏碁(エイサー)の施振栄らが、台湾が苦境に喘いでいた時期に、しかも小さな町工場から出発したことは決して偶然とは思えない。あたかも日本で敗戦の混乱の中からソニー(SONY)やホンダ、日立、トヨタが唯一無二の世界ブランドへと駆け上っていった姿に重なってくる。

 いわば彼らは「戦略的不可欠性(Strategic Indispensability)」を持った先端産業を台湾に創造した技術者であり、世界に向かって新たなビジネスモデルを提示した先駆者であり、彼らが開いた路線の“精華”こそがジェンスン・フアンだろう。

 ここで改めて考えるに、国際社会への政治的アクセスの道を閉ざされた台湾において、先端技術開発から世界的ビジネスモデル創造へと突き進んだ道は「知」による国家的生き残り策――「この技術、この素材、この知産がなければ世界が回らない」――であり、これを敢えて「知政学」の誕生と位置づけたい。

 かつて大国は広大な土地、その地下に眠る豊富な資源、そこに投入される労働力という有形資産によって富を築き、世界に覇を唱えた。だがジェンスン・フアンという一個人の存在が「知能(AI計算力・アルゴリズム)」という目で捉えることのできない力を体現し、物理的な国境や軍事力を超えうるような最大のレバレッジ(テコ)になるという現実を、今や世界は目の当たりにしたのだ。

 であればこそ、トランプ大統領は敢えてジェンスン・フアンを「エアフォース1」に滑り込ませたわけだろう。この事実は国家の覇権は政治家ではなく、今やシリコンと数式を支配する「技術の武器商人」に依存している。つまり国際政治は構造的変質の時を迎えているのではないか。


新着記事

»もっと見る