2022年7月3日(日)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2014年7月30日

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 そのままでは、習主席自身が最高指導部内の江沢民派幹部たちに強く牽制されて身動きもできない状況であり、何とかしないといけないと考えた習主席は結局、政治局常務委員会の枠組みからはみ出した規律検査委員会という特別機関を用いて江沢民派の追い詰めを始めたわけである。その際、摘発のターゲットはまず、既に引退した江沢民派幹部の周永康とその周辺に絞られた。中枢部に座っている現役の江沢民派大幹部たちよりも、権力を既に失った連中の方が摘発しやすいのも理由の一つであろう。

 しかも、既に引退した江沢民派幹部を容赦なく摘発することによって、政治局常務委員会にいる江沢民派幹部たちに脅しをかけることもできる。「いざとなったらお前らも摘発の対象にしてしまうぞ」と、彼らを黙らせて服従させることができるわけである。そうすることによってはじめて、習主席は江沢民派の包囲から脱出し、自前の権力基盤を作り上げることができるが、今のところ、習主席の作戦はかなり成功しているように見える。

虐げられてきた胡錦濤

 その一方、胡錦濤前主席の率いる共青団派は習主席の江沢民派潰しに助力していることの理由も実に明快である。2012年11月までの胡錦濤政権の十年間、胡錦濤主席自身と共青団派はずっと、党内と軍内最大勢力の江沢民派に圧迫されて散々虐げられていた。なりふり構わずの江沢民派幹部の猛威を前にして、胡錦濤主席は忍耐と我慢を重ね、時に泣き寝入りを余儀なくされることもあった。

 当時の胡錦濤主席はどうしてそれほどまでに江沢民派を恐れていたのだろうか。その理由は実は二つあった。一つは江沢民派大幹部の周永康が「中央政法委員会主任」のポストに就いて中国の警察力を一手に握っていたからだ。そしてもう一つ、前述したように、江沢民は「引退」してからも、徐才厚と郭伯雄という二人の軍人を中央軍事委員会の中枢に送り込んで、彼らを代理として軍の指揮権を実質上掌握していたからである。つまり胡錦濤政権時代の十年間、軍と警察の両方は実際、胡錦濤自身によってではなく、江沢民派によって牛耳られていた。だからこそ胡主席はずっと、江沢民派に忍従する以外になす術はなかった。

 別の意味で言えば、胡錦濤政権時代の十年間、江沢民の代理人として「胡錦濤虐め」に直接に関わったのはまさに警察トップの周永康と制服組トップの徐才厚と郭伯雄であった。したがって、習政権になってから、胡錦濤前主席と彼の派閥が習主席の江沢民派撲滅作戦に加担したのはむしろ当然の成り行きであり、その腐敗撲滅運動の最大のターゲットになったのは周永康・徐才厚・郭伯雄の数名であったことの理由もまさにここにあった。つまり今の腐敗撲滅運動は胡錦濤前主席にとって、往時の仇に対する見事な復讐作戦である。

 このような視点からすれば、今の腐敗撲滅運動は表向きでは習主席が主導しているように見えるが、裏で糸を引いているのはむしろ胡錦濤前主席ではないかという見方もできるのである。第一、今までの撲滅運動の中で摘発された大物の周永康にしても徐才厚にしても郭伯雄にしても、それらの連中は習主席の仇敵というよりもむしろ胡錦濤前主席の仇敵なのである。摘発の照準を誰に当てるかというもっとも重要な問題に関して、主導権を握っているのはやはり胡錦濤前主席であるようだ。

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