一方、急速な経済発展は人口と経済の首都ソウル一極集中をもたらし、ソウルの人口とその周囲を取り囲むように位置する京畿道の人口の合計は実に韓国総人口の約半分を占めるに至った。Google Mapの衛星写真を見れば、北との国境線から数キロの地点に韓国の大型マンション群が林立していることが良く判る。人口集中により飽和し住環境が悪化したソウルを中心に放射状に都市開発が進み、今や北朝鮮との国境近くにまで多くの国民が居住するようになったのだ。
以上の通り、国民の対北脅威認識は明らかに低下しつつある。これに対し、最近韓国で注目されるようになったのが、大規模事故や異常気象等自然災害に対する「安全」意識の高揚だ。これまでも、1994年にソウル市内で起きた聖水大橋崩落事故、95年に同市内で起きた三豊百貨店崩落事故など一度に何十名、何百名もの犠牲者を出す大事故が発生している。更に、2002年、03年、06年に韓国は台風により甚大な被害を受けている。その意味では、事故や災害に対する韓国国民の意識変化は、今回の旅客船沈没事故により起きたのではなく、既に以前から始まっていたと考えるべきだろう。
特に最近では、国民がメディア報道を通じて諸外国の災害対応・対策を知る機会が増え、災害に備える社会制度の必要性をより身近に感じるようになった。また、SNS等のソーシャルメディアの発達により、大規模な事件・事故が発生すれば、政府が情報を把握し対応策を発表する以前に、多くの国民が「現場からの生の情報」を既に把握できるようにもなった。このような諸状況の変化に対応できなかった韓国政府が今回厳しく批判されたのは当然なのである。
韓国の国防政策とその矛盾点
しかしながら、仮に韓国国民の対北脅威認識が低下しても、南北軍事対立という現実は変わらない。北朝鮮は6月26日に射程300キロの多連装砲を、続く29日と7月9日、13日、26日に射程500キロのスカッドミサイルをそれぞれ発射した。これらはすべて韓国国内が射程内に入る兵器である。特に、ソウルを中心とする首都圏地域はこれらの兵器による攻撃に極めて脆弱である。関係機関による被害見積に差異はあるものの、一度北の攻撃が始まればソウルなど大都市の被害は韓国民だけでなく、韓国経済そのものを崩壊させるだろう。もちろん、3万5000人を超えるとされる在留邦人への影響を見逃すことはできない。
現在の韓国の国防体制は、高度な情報収集能力を駆使して、北の挑発または大規模な攻撃または攻撃準備を瞬時に察知し、圧倒的な軍事力で北に打撃を与え、北の攻撃能力を無力化するというものだ。具体例を挙げれば、現在韓国国防部が多額の国防予算を投入し導入を計画している「キルチェーン」と呼ばれる防衛システムがある。弾道ミサイル攻撃に対しては、日米ミサイル防衛(MD)とは一線を画した韓国独自のミサイル防衛システム(KAMD)の導入を計画している。