ただ、私は母親が子供に与える影響の強さを否定するわけではありません。むしろ影響が大きいからこそ、子供とお母さんがずっとベッタリ一緒にいることで、悪い結果も生じ得るのです。たとえば、子供が自己中心的な態度から脱け出せず、社会性を身につける上で支障が出るかもしれません。お母さんのほうも育児ストレスにより、不安や疲労がつのり、子供にも不安を与えるかもしれません。孤立化しているお母さんたちにとって、家で子供としか向き合わない状況に比べれば、保育園でママ友が出来たり、ベテランの先生に愚痴を聞いてもらったり、相談できるのは良いことだと思います。
いまのお母さんたちは小さい頃からある程度自由に育てられ、その中で自分がどう生きて行くべきか、自分の可能性はどこにあり、どのようにすれば納得出来る人生を歩めるのか、という問題を若い時から抱えています。親や周囲からも、「これからは女性も自立して働いて生きていく時代だ」と言われ、仕事で認められ、自己実現することが求められているのです。しかし、実際にキャリア・ウーマンになって仕事を順調にこなしても、子供を産んだら今度は「女性は仕事より家庭を大事にすべきだ」と今更のように言われ、批判的な眼差しに苦しむ場合も多いでしょう。
ーーお父さんたちには変化は見られるでしょうか?
山竹:最近のお父さんたちは、一緒に子育てをしようという意識が強くなっていますよね。もっとも、欧米に比べればまだ少ないのですが。お父さんが子育てに参加することで、子供への影響力の構造が変わってくると思います。
子供というのは、自分を全面的に受け入れ、無条件に認めてくれる存在を必要としていますが、その役割を担うのは主に母親です。伝統的な母性の考え方でも、母親は子供に無償の愛を注ぎ、子供のあるがままを受けとめる、と言われてきました。
これに対して父親は、母親よりもルールに厳格な場合が多く、よいことをすればほめますが、悪いことをすれば厳しく叱ります。これは母親のような無条件の承認ではなく、条件つきの承認に重きを置くことで、社会的なルールや価値観を強く意識させ、社会の中で生きるための力を育もうとしているのです。
もちろん母親もルールを教えますが、母と子の親密な二者関係のなかで結ばれるルールには普遍性が感じられず、子供はしばしば母親の命令を軽視したり、ルール変更を求めます。そこで母親は、「そんなことをしているとお父さんに怒られるよ」、「他の子たちもみんなルールを守っているよ」などと言って説き伏せようとします。このとき子供は、普段からルールに厳しい父親をおそれると同時に、このルールはみんなが守っているんだ、誰もが守るべきなんだ、と感じるのです。